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阪急電車全線ご乗車の巻! 

阪急電車全線に乗りました(笑)・・・

阪急電車は神戸線、宝塚線、京都線の3本線に加えて、千里線、今津線の2本の準本線ともいえる支線、さらに神戸線から延びる甲陽線、伊丹線、宝塚線から延びる箕面線、京都線から延びる嵐山線と4本の盲腸線からなりますが、今回のお目当てはこのうちの盲腸線!盲腸線に残るという板車を探す旅です。


まずは嵐山線。ここは完全な観光路線ゆえ、比較的「新型」、かつての京都本線で8連の特急として活躍した6300系が4連に減車され活躍中。訪問時はこの6351FとKATO製品でおなじみの6352Fの2本が交互に運転されていました。わたくしごとで恐縮ですが、1976年にわたしがはじめて乗った6300系がこの6351F。中間T車の6951に乗車したことまでちゃんと覚えています。若いころの記憶はなんでこんなに残るンですかね?昨夜の晩飯のおかずは忘れましたが(爆)。(嵐山にて)
戦時接収でせっかくの複線の片方は供出してしまいまして今なお単線のままなんですが新京阪時代の複線用のままの無骨な架線柱が素敵です。

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続いて千里線。千里線は大阪市営地下鉄堺筋線との乗り入れ接点の天神橋筋六丁目から北千里までの路線ですが、途中淡路で京都線を横切ります。
(←淡路で京都線を横切る様子はこちらから)
この写真はそのうち「南ブロック」、地下の天神橋筋六丁目駅駅への坂道を下りていく8300系です。
天神橋筋六丁目はかつて京都線が京阪電鉄が経営する「新京阪線」の始発駅で、当時は高架のターミナル駅。つい最近までその古いターミナルビルが威容を誇っていたのですが、今回訪れたら阪急不動産の無粋なタワーマンションが建ってました・・・。(天神橋筋六丁目付近にて)

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こちらは「北ブロック」。千里山駅で7300系。

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京都線高槻市駅までと千里線北千里駅までは大阪市交堺筋線の乗り入れ区間なので当然、コイツもやってきます。イヤな顔ですねー!
1970年の大阪万博会場もほどちかい、まだまだ千里丘陵の竹林も残る山田駅で。

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京都線、いや、いまや阪急電車、といえばコイツでしょう!!
2300系!
例によって方向幕や腰の標識灯は取り付けられてしまいましたが、ひし形2丁パンタがたまりません!(南千里にて)

ところ変わって今度は宝塚線の盲腸線、箕面線です・・・
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出ました!板車!!
3000系はさきほどの2300系とは違い前パン車は存在しませんでしたがやっぱりお顔は断然こっちのほうがイイ!
とにもかくにもコイツの顔を拝めただけでも幸せ感いっぱいです・・・。(箕面にて)

宝塚からは今度は今津線です。
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かつては宝塚から阪神電車との接点今津まで直通していて、神戸線との交差点、西宮北口であの有名な大平面交差を繰り広げた今津線ですが、いまはその西宮北口で南北に分断、それぞれ今津北線、今津南線と呼ばれているようです。これは今津北線。逆瀬川にて。残念ながら今津線の6連にはすでに板車はおりません。

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今津南線は6000系3連。西宮北口、今津間の中間駅はここ「阪神国道」一か所だけ。ここだけは昔から阪神国道(国道2号線)とJR東海道本線を跨ぐため、高架となっていました。

最後に神戸線の盲腸線2本。まずは甲陽線。
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甲陽線は風光明媚な夙川沿いに神戸線の夙川駅から、苦楽園口、甲陽園の2駅を結びます。世には松や桜を背景にした美しい阪急電車の姿を捉えた写真もたくさんありますが私の腕にかかるとご覧の有り様です(爆)・・・(甲陽園にて)

阪急盲腸線の旅、最後は伊丹線!終点の伊丹駅は先の阪神大震災で倒壊後、しばらく地上の仮駅でしたがすでに高架駅が復活しておりました。
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塚口駅の最急曲線を曲がる板車!
ここにもまだ一本、板車が残っておりました!
かつては今津駅もそうでしたが、阪急の盲腸線は本線と平行の位置からこうした急曲線で直角に出発していて、それが特徴のひとつでもあったんですが、そんな風情もここを残すのみに。
その阪急電車らしい最後の急曲線を曲がる最後の板車!
いや~ ええもん見せてもらいました~~!

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コメント

こんにちは。

阪急電車全線乗車おめでとうございます!
南海6000系入線おめでとうございます!

先日からの西の私鉄記事、昭和の電車図鑑に並ぶ色(近鉄・京阪・阪急・南海)とギンギラギンではなく最高にいいです!!
西の車両は塗装車両の方がまだ多い?のでしょうか。

図鑑に見た南海のケーブルカー(高野山まで上ったんですね!)このボデーもしかして昔のままですか?
20001系の雰囲気みたいなお顔でなんか好きなんです。
カーブ、ガーター橋の写真の構図かっこいいです。(このような写真好きです)

6000系鉄コレ先行購入ツアーバッチ
本当に恥ずかしそうです(爆)
またまた、愛情いっぱいの編成になる事と思います。
色々いじるログ楽しみにしております。

阪急2300系は何にかが変に見えましたが方向幕、標識灯だったんですね。
正面窓上の間隔が幕のせいでバランスが悪く見えてました。

お邪魔しました。

なんで3000番台には2丁パンタがないの? 5000番台もなかったような気がする。

岡本から芦屋川に向けて最高速でなだらかな坂を駆け上がってきた梅田方面先頭車両の二丁パンタにはしびれるワ。

>D-Trainさま
返答遅くなりましたー。
・ぎんぎらぎん車のこと
そういわれれば、関西にはステンレスカー少ないですね。もちろん理由は経済状態で、新車を造るならステンレスになるのでしょうがマニアにとってはうれしいことに鉄板塗装車がほとんどです。逆にぎんぎらぎん100%ともいえる関東は悲しいですね。でもなんで東急と南海高野線のぎんぎらぎんはイイんでしょうかね(笑)。あ。そうか。コルゲートがいいんですね。東急だって5000以降はダメですもん(汗)

・ケーブルカー
そうですよー!昔のまんま!絵本のアレです!山岳線の写真は炎天下、山道を歩きまして決死の覚悟でがんばりました(笑)

・バッチ
めちゃくちゃ恥ずかしかったー

・2300系
この顔の元祖は2200系で、とっても格好よかったんですが、それ以前の屋根の肩が低い車輛にまで無理やり同じ顔にしちゃったもんですからこんなことになってしまいました・・・。このバランスの悪さ(+ワカメマーク)が、かつての阪急の輝きを台無しにしちゃった、とまで私も思います。

>じんじんさま
えらい質問やなあ(爆)~
電気関係は疎いのでウソ書くかもですがわたしの知ってる範囲で書きます。本当のことが知りたければコレをベースに調べてくだされ。
まず、5000には2丁はいません。3000も我々が阪急沿線住まいのころは2丁はいませんでしたがエアコン積んでからは2000系とは別の理由で2丁になりました。5000「代」でいうと5100の一部に2丁がおりますが、これも2000系とは別の理由。
初期の3000,5000になぜ2丁がいないかという理由はかなり難しいですが、2000がなぜ2丁なのかはわりあい単純でして「回生ブレーキ」といういわばエンジンブレーキを搭載してるからなのです。モーターの回転抵抗をブレーキとして使い、その際のエネルギーを電気に変換して架線に返します。返せなかったらブレーキが利かない。もし、制動中にパンタが離線してるとブレーキが利かないのが怖くて2丁にしてるんですわ。ちなみに2000は単独で走るけれど、3000は神戸線昇圧後2両のモーター車がセットで走ることを想定して設計されてて、その2両に一丁ずつ積んでおります。

  • [2012/08/31 07:50]
  • URL |
  • イヌ20002丁パンタ
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