サンデースペシャル!【特糞最前立腺】ここはドコ?ワタシは?【吠えろ!わんわん!】最後の最後の巻! 

昨日、土曜日の夜、たま子さんからおまるちゃん経由でいくつかのファイルが送られてきた。
生前の貞夫が日記を書いていたのを思い出し、昨日一日中、遺品の箱を探したところ絵を描いた当日のものが見つかったらしい。
英文である。

昨日完結したはずの本シリーズですが、その日記の内容をどうしてもみなさんに報告いたしたく思います。
もう一回だけお付き合いください。
(←以下の貞夫と早苗の実際の当日の行動に対して、当初小職が推理した行動はこちらから。結果、自画自賛ながら当たらずといえども遠からずといったところか)


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貞夫が早苗の家を訪問したのは昭和27年7月27日 午後1時10分。
早苗の家で早苗の両親と少しばかり挨拶の後、絵の道具を携えて早苗に連れられ、平野へ向かった。
平野は大阪市の区名であり、駅名でもある。
現在はJRと地下鉄谷町線に、そして当時は国鉄(現JR)と南海平野線(その後廃止 南海買収前は阪堺電軌)に平野駅があった。
それぞれの平野駅はまったく別の場所にある。
日記では平野とあるだけで具体的な場所は示されていないが、公園や大きな寺をめぐったという記述から、おそらく国鉄駅と南海駅の間のエリアだったと思われる。
ただし、絵を描きたい場所はみつからなかった。
また、早苗の家から平野への移動手段も記されていない。

つぎに平野を後にして、平野線に乗って桃ヶ池公園へ。
桃ヶ池公園は早苗の実家のすぐ近くだ。
すなわち、ほぼ早苗の実家から平野へ往復したことになる。
しかしそこでも絵を描く場所は見つからない。
そして、大和川へ向かうことにした。
(←平野線平野駅付近の廃線跡は以前歩いています。)

「さんざん歩かせてスマン」の記述はここのことだろうか、
日記には桃ヶ池公園から今川駅までずいぶん歩き、「大鉄」に乗って矢田へ向かったとある。
大鉄とはもちろん大阪鉄道のことだが、昭和18年には関西急行鉄道に吸収され、翌昭和19年には近畿日本鉄道に改組されているから当時はすでに近鉄と呼ぶほうが正しい。
いまでもJRのことを国鉄と書いてしまう小職と同じか(核爆)?

矢田駅から大和川までの道はダーティーだったと記されている。
ダーティーなのは道の舗装そのものなのか、街並みのことなのかはよくわからない。
先日、私が歩いたときも現代日本とは思えぬスラムが残っていることに驚いた。

大和川で絵筆を置くのは7時。
当日の大阪の日没時刻は19時05分29秒。
ちょうど日没の頃だ。
その後、早苗の家へ戻り、たのしく夕飯を共にしたとある。

日記はさらに翌日28日月曜へ続き、
早苗の父との約束だったポストカードを銀行で仕上げ、夜7時をすぎて早苗の家にとどけようと突然思いつく。
そしてその夜は早苗の勧めで早苗の家に泊まった。


ここまでの経路を地図に示してみた。
1.から6.が貞夫と早苗のこの日の訪問順である。
青い点線の矢印は徒歩。
ただし、1.早苗の実家から2.平野までの移動手段は不明。
プレゼンテーション1


実は昨夜、たま子さんから送られた写真はもう一点あった。
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あの絵の全貌である。
以前ご覧いただいたものは一部をトリミングしたものだった。
はじめはただ電車ばかり見えたらいい、と気楽に思って写していた、左岸に、多分両親と思える二人が見えたりします。
とはたま子さんからのメールの一部である。
たしかに左岸に若い男女と思われるふたりが描かれている。
ふたりは右岸にいるのに対岸に自らの像を描くのは不思議ではある。

この点については貞夫の絵についてその背景を少しだけご紹介せねばならない。
貞夫は山崎隆夫に師事していた。
山崎の師はあの小出楢重。
阪神間モダニズムの旗手であるフォービズムの画家。
フォービズムとは、理知性よりもパッション、感覚といったものを重視する画風。
山崎は小出の死後、小出の芦屋のアトリエを継ぐ。

さて、現在は広告代理店に依頼する広告制作だが、昭和40年代くらいまでは各企業で宣伝部門を持っており、実際の制作まで行っていた。
とりわけ、開高健、山口瞳、柳原良平らを輩出したサントリー宣伝部の評価は高く、
後に広告制作会社サンアドとしてサントリーから独立することとなる。
その独立の音頭を執ったのがサントリー社長の佐治敬三と山崎隆夫であった。

山崎は佐治に請われてサントリーに入社するまでは三和銀行の宣伝部を指揮していた。

当時の三和銀行のポスターを描いていたというから、貞夫は銀行員といっても営業職ではなく、宣伝部にいたと考えるほうが自然だ。
貞夫の上司がすなわち山崎隆夫だった。
実際、貞夫と早苗が昭和30年の年賀に訪問した山崎の芦屋のアトリエ、すなわち旧小出楢重のアトリエで山崎と並ぶ写真も日記と一緒に送っていただいた。
貞夫は銀行員の趣味ではなく、フォービズムの影響を色濃く受け、感覚を激しくぶつける画風の画家として描いた。

昭和27年7月27日、当日の日没時の太陽の方角は294.3328度。真西である270度から24度も北へ太陽は沈んだ。
日没直前、北側の電車の正面は夕陽に輝いた。
此岸にいるはずの自らと早苗のはしゃぐ姿を彼岸に、影のように描き、夕陽に輝く電車の正面との対比を表現した。
(完)

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コメント

無題

PERFECT !!!!!

  • [2016/10/23 13:32]
  • URL |
  • 我輩の猫の名前はない
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

素晴らしい!

考察も作品も。
山崎隆夫さんまで登場するとは、映画のようです。

やっぱり

ただの素人画伯の絵ではないなと思っていました。←ウソつくでねえ

うぎゃー

こっ、言葉もありません。夜逃げします。

Hankyu× very much!

我輩の猫の名前はないちゃん、
ありがとう!

事実は・・・

Cedarさん、
やっぱり事実は小説より素晴らしいですね!ぼくもここで山崎隆夫が出てくるとはまったく想像してませんでした。

いえいえー

モナ田さん、
ソーセージ× お世辞やないけど、当初からモナ田さん、絵のよさをベースにお考えいただいていたことがわかってましたぜ!
流れる石とかいてさ・す・がでアリマス!

ああ!

奇車倒産どの~~
夜逃げの必要は有馬温泉!
お倒産と呼ばれるオレでもまだ生きている(大糞核爆)

ぐはぁ〜〜

何という結末!!
正に事実は小説より奇なり!

参りました〜〜!m(._.)m
そして、明智犬五郎さんお疲れ様でした。

またこんなんやってな!(^^)

いやホンマ・・・・

ありがとうございますー!
しっかし、道明寺線の東向きか西向きかで必死になってたオレたちって一体(大糞核爆)?

>またこんなんやってな!(^^)

できるかいっ!

2点→0点

「小出楢重」「フォービズム」を画像検索し、こちらのブログを拝読していてまた一つ教養が身に着きました。一見普通の風景画も、写実的に描かれているとは限らないのですね。正解者が少なかったのも納得です(負け惜しみ)
そして英文で日記を書く方の奥さんなら、手紙をメールと呼ぶくらいのことは(ひつこい)

私はお酒には弱いのですが、鉄ヲタと兼業の船ヲタなので、柳原良平氏はそちらのイメージの方が強いです。

だいどんでんがえーし

でしたね。しばらくブログ見れなかった井田にすごい展開になってたんですね。最初に日記見つけてれば・・・。あの架線柱の幅と車体幅で単線だと思い込んでしまいましたから。(自爆)

最初は

感謝しつつも呆れていたたま子さんが、日記や絵を再検討するようになったのは、わんわん殿がここまでひつこく特糞×特捜していただいたおかげです。ほんとうにありがとうございました!

おっ 奥が深いですね~~~
脱帽せす
これからもよろしくお願いいたします、

わざわざ英語で

日記をつけていたのはナンでだったんでしょうね。
万年筆で書いたみたいなので、筆記体で書いたのは自然ですね。
業務で英語を使っていた人の書きっぷりではないようなので、日記読まれたくなかったんでしょうね。

  • [2016/10/24 02:49]
  • URL |
  • 尼セン阪鉄車輛
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ありがとうございます!

みかんちゃん、
おいしくてためになる当ブログでぜひ、教養人になってくださいね!
おりこうに鉄犬!

ざんねーん!

抹茶ん、
けっきょくざんねーん!
でも最初に日記を見つけていればこんなおもしろい展開は望めなかったのがなんともアレでした!

やっぱり・・・

おまるちゃん、
たま子さん、呆れてましたか(大糞核爆)!
こりゃ引くだろうなと織り込み済みでしたが、昨夜ご本人からいただいたメールにも戸惑った、と書いてあった(おまる大爆発)!
でも、そのせいで日記も見つかって、結局なんかすごいストーリーになりましたね!
いろいろありがとうございました!

ありがとうございました!

たけしたさん、
これをご縁にこちらこそどうぞよろしくお願いいたします!
ぜひ、脱毛×してください(核爆)!

うーん

尼センちゃん、
あのころ医者がドイツ語でカルテを書いていたのは患者に見せたくないからとコドモ心に思ってましたが、
なんかそれもこれも当時のmodernist特有のpretentiousもあったのでは、と今回考えなおしました。

凄いなぁ〜♩

一枚の絵、浪漫カーだなぁ〜♩
イヌ様の推理と本文も十分に堪能できて楽しめました。
貞夫と早苗が微笑んでる気がします。

ありがとうございました!

お読みいただいてましたか!?
お楽しみいただけて公営×です!
そう、ぼくも貞夫と早苗が笑って読んでくれているような気がしているのです・・・・

ボクも

そう思います。パフパフパフ(^^)/

きゃー!

おまるちゃんまで!
なんか、エエ話になってしまいました!
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪
たまにはエエ話もエエです!
ホントにありがとうございました!

深い結末です

絵の背後にはこれだけのものがあったのですね。さすがです。

なんだか

深くなりましたねー!
なにがさすがなのかはよくわかりませんがっ(大糞核爆)!

撃珍

どえらい真実の書が出て来ましたね。

妄想の世界はこれにて終了いたします。

楽しまさせて頂きありがとう。

ざんねんー

しかし、まさかここで日記が見つかるとはダレにも予想できませんでした。
一枚の絵をめぐる妄想、ぼくもずいぶん楽しみました!
またやりたいけど、まあ、こんなネタはなかなかないでしょうね・・・
デハ、また!
ご協力ありがとうございました!

コメント遅くなりました

推理は近鉄のみの正解でしたが、色々妄想しつつ拝読しました。

私の場合、古市‐駒ヶ谷も候補に入れていましたが。
川の名称は石川ですが水系ということで。

貞夫は阪神間の人なので石川も大和川水系、間違えてもしかなたいと思います。ぼくも古市‐駒ヶ谷も考えましたが、鉄橋から水面までが近すぎました。

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