サタデースペシャル!【特糞最前立腺】ここはドコ?ワタシは?【吠えろ!わんわん!】最終検証の巻  

1.空から

10月18日、羽田発16時ちょうどの全日空大阪行きに乗った。ボーイング777-200、座席番号9Aだ。
もろちん× もちろん、前方左の窓側の席を事前に確保していた。
写真 3

写真 5
離陸後30分ほどで志摩半島上空。このあたりですでに機は伊丹空港へ向かって降下を開始。ここからオレの任務は始まる。

写真 8
奈良盆地上空では低い雲に覆われ、地上は見えない。コレはダミかもわからんねー。

機は降下を続けた。

写真 9
雲が切れた!
そして目に飛び込んだのは左上に小さく見える、富田林のPL塔!

順調にABENO VORからIKOMA VORを目指していることをかくにん!

スライド4
飛行機はVORと呼ばれる地上電波発信ポイントを結ぶようにして飛ぶ。
伊丹空港への着陸のポイントはこの2つ。
あらゆる方角からここを目指し、伊丹の滑走路に正対する野田阪神。
そして左下の赤い丸で囲んだところが近鉄道明寺線の大和川鉄橋である。
飛行機の進行に合わせて、A~C地点から撮影。

A地点
スライド1
いよいよ大和川鉄橋が見えてきた。黄色の丸で囲んだところだ。

B地点
スライド2
大きくなってきた!
鉄橋の手前に白く、人道橋がかくにんできる。

C地点
スライド3
柏原駅上空からまっすぐ鉄橋を見る。
黄色の矢印はもちろん、絵を描いたと思われる視線。

写真
3,4分後、大阪市内上空でもう陽は傾き、大阪湾の水面を照らすのが精一杯になる。ぎりぎりのタイミングだった。

2.現場を歩く
あの絵は対岸から5本目までの橋脚が描かれている。
対岸から数えて、第1、第2・・・と数えることにしよう。
架線柱は橋脚2つにひとつ建てられている。
すなわち、絵に描かれる架線柱は向こう岸(左側)から第1橋脚、第3橋脚、第5橋脚のものだ。
なぞの信号機は第5橋脚のこちら岸側(右側)に立つように描かれていた。

まず、柏原側から人道橋を渡りながら鉄橋の詳細を見る。
DSC_4189.jpg
右が道明寺線の鉄橋。左は昭和48年に架け替えられた人道橋。

ここで、このブログにもコメントをいただくマスダマスオさんの貴重な写真をごらんいただこう。
img860_20161022093133244.jpg
昭和44年のほぼ同じ場所。
人道橋の橋脚は現在と同じものに替わっているが、欄干は以前の木製のまま。
しかし、よく見るとコンクリートの橋脚の向こうに、以前の木造橋の橋脚の残骸が川の中に残存している。
もう一点、現在と違うのが架線柱。
下流側、向かって右側は現在、送電線を張るために延ばされているが、古い写真のものは送電線は横に張られ、架線柱は左右で同じ高さである。

DSC_4219_20161022083141d24.jpg
現在の第5橋脚の架線柱 柱頭部詳細。
送電線を張るために延ばされた部分の色があきらかに違う。
実は問題の絵は現在の姿に近い。すなわち下流側の柱の方が長く描かれているのだ。
上に伸ばされた送電線部はつけたり、はずしたりできるそうだ。


DSC_4208_20161022083125ba3.jpg
第5橋脚の詳細。
こちらから見ると絵では第5橋脚の左側に信号機が描かれているが、その痕跡はない。

DSC_4211_20161022083128965.jpg
さらに架線柱の柱脚部を拡大してもかつて信号柱が立っていた痕跡は見当たらない。

DSC_4209_20161022083127edf.jpg
左側にずれて配置されているのでもう少し藤井寺側に視線をずらしてもダメだった。

続いて、下流側の絵を描いたと思われる場所から詳細を見てみよう。
DSC_4251_201610220831423ba.jpg
第1橋脚
絵のとおり、川原敷に半分以上が埋まっている。

DSC_4252_20161022083144378.jpg
第2橋脚
ちょうど川原敷と川の流れの境目に立つ。これも絵のとおりだ。
ただし、この川原敷だが、平成11年の洪水の際の復旧時に作ったと見られ、それ以前は第1、第2橋脚とも川の流れの中に立っていた。
すなわち、絵の様子は現在と同じであるが、それ以前とは違う。
川原敷もあったりなかったりするのか、と思えばさらに以前、昭和30年代の画像を見るとやはり川原敷は存在していた。
やはり時代によってあったり、なかったりするのだ。

DSC_4253.jpg
第3橋脚
時期はわからないがこの橋脚のみおそらく近年、橋脚も架線柱も建て直されている様子。
平成11年の川原敷の工事と同時に施工されたか?

DSC_4254_201610220948560fd.jpg
第4橋脚

DSC_4258.jpg
問題の第5橋脚。
この右側に信号機が描かれているが、こちら側から見てもその痕跡はない。

3.地図上を歩く
スライド5
いったん正解とさせていただいている、下流側から北東に向かって絵を描いたとして、その視線をあらわしたのが左側のD1から伸びる赤い円弧の範囲だ。
対して、まぢにゃんさんとたけしたさんが力説の、同じ道明寺線の橋を描いたとはいえ、向きが正反対で上流側から南西に向かったとする説がD2。
この視線だと、手前にあるはずの人道橋が描かれていないことになる。
また、この説だと絵の鉄橋の向こうの橋は国道170号線ということになるが、遠く離れた170号線はごらんのように絵の視界からは外れる。
この説の可能性はやはり低いだろう。

スライド6
もう一説が、hideta-oさんとワタクシの南大阪線説。
この説をM説とさせていただく。

4.M説の新発見
いったん、道明寺線下流側から北東を向いて描いたD1説を正解とさせていただいたが、ごく最近、M説に新事実が発見された。
DSC_3944.jpg
以前もご覧いただいたラビットカーだが、電車の位置が違う。

DSC_3940_20161022101309d17.jpg
こちらが以前ご覧いただいたラビットカー。
ちょうど架線柱1本分、今回のほうが左にずらして撮っているわけだ。
向こう岸の植生が茂ってそうは思わなかったのだが、この位置だと、橋脚や架線柱、さらに信号の位置まで絵と同じ。しかも電車の向こうの「山」と思われた位置にちゃんとこんもりとした木が立っているではないか!?

DSC_3908_20161022082841a4f.jpg
橋脚はコンクリート製ながら3本で構成され、絵とは異なるが、横から見れば1本にしか見えない。
信号機は第5橋脚の架線柱にとりつけられている。

5.最後に
スライド7
みなさまの説を類型別に色分けしてみた。いちばん右側の列が説記号。
南大阪線のMは赤、道明寺線北東向きのD1は青、南西向きのD2は緑で色分けしている。
白の方はスミマセン(核爆)・・・・・

スライド8
最後に各説をキーにして得点表を作ってみた。
○の数と回答者数というまったく違うレベルの数字を足してもなんの役にもたたないが(大糞核爆)、一応総合得点とした。

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昭和27年7月27日 北村貞夫画

DSC_4281.jpg
平成28年10月20日 近鉄道明寺線 柏原南口=道明寺にて

DSC_3944.jpg
平成28年10月6日  近鉄南大阪線 矢田=河内天美にて
(電車は最前部と最後部の1両ずつがない、真ん中の2両編成と思ってごらんください)

貞夫が残したのは絵であり、写真ではない。
対象を取捨する恣意性が残される。
この推理には答えはなかった。
あとは、貞夫と早苗の淡い面影を知る、たま子に答えを見つけてもらうことにした。
(おわり)

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コメント

素晴らしいシリーズでした

落としどころも納得感があります。
お疲れ様でした。

ところで、表に南海を当てはめると橋脚と架線柱以外は〇で5ポイント入りますけど・・・←ひつこい

無題

削除されても、されても、書きたくなった。

ほんまにひつこい?(ある意味悪い言葉)よなあ〜。
ある意味、めちゃ凄いよなー。
探偵ナイトスクープとっくにこえてるよなァ。自身の言葉どおり。
もっちろーん、削除してくれ給え。爆

  • [2016/10/22 23:17]
  • URL |
  • ガラス割れた〜
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ありがとうございました!

モナ田さんにお褒めいただくなんてこれに勝るともおさむよろこびはございません!

でも南海では有馬温泉(大糞核爆)・・・

おいー

ガラス割れた〜ちゃん、
また酔うてるな(大糞核爆)!
なんといってもノーベル賞ですから探偵ナイトスクープはとっくに超えてるはずです!
でも、スゴイしつこいってホメ言葉ありがとね!

パンタの向きが…

 描かれている電車が6801形ならば、パンタは阿部野橋寄りです。だとするとD1説では向きが合いません。M説なら右が阿部野橋方向になるので正解。あくまでパンタの向きだけでの判断ですが。

はい

そうなんですよねー。
6601形なら吉野方パンタ車もあったかと思うのですが、こちらはそもそもツートン化が絵の描かれた昭和27年の翌年28年だそうで、パンタの向き+塗装で判断すると絵の手前側が阿部野橋方となり、M説になります。
しかし、これまでに固定されている風景とは違い、一瞬で電車は通り過ぎる。
写生をしているのだけど電車だけは有る程度記憶をたよりに描かざるを得ないので間違えもあるのではないかという説もあり。
そして、電車の正面が順光であることから手前が南側ではないか、すなわちM説ではない、という論議がこれまでもありました。

漂流物が

ブログの本文最後に(おわり)とあるのにコメントが続いており、調子にのって私ももう一コメを。・・・しつこい。
橋脚の根元の向こう側に何やら黒いものが描かれています。それも水流がある橋脚のみにです。
これは上流から流れてきた草木が引っ掛かったゴミではと考えています。
すると、川下より川上を望んだ向きになります。
現在の南大阪線の写真にも写っています。下流側には絶対にありません。
ですので、D1。
電車の向き(パンタの向き)はどう考えてもヘンですが、これはテキトーとしか説明できません。



架線柱から。

いつも楽しく拝見しております。
近鉄に縁もゆかりもない関東住まいですが、google mapを参考に、架線柱から考えてみました。

南大阪線に関係しそうな電源設備として、
矢田変電所、河内松原駅両側の重門型鉄塔、古市変電所を挙げてみます。
河内松原駅から西に道一本行くと電力会社の変電所が見られます。
想像ですが、電力会社変電所から22kVで松原まで引いてきて、両側の変電所に軌道上の送電線で供給していたのではないでしょうか。
とすると、冗長系を考慮して2回線以上の特別高圧回線を持つでしょうから、架線柱もそれなりの大きさになるかと思います。

描かれた架線柱を見ると、片柱だけ延長されていて、特高2回線を収容する程のキャパは無さそうです。
この事から、冗長するほどの供給信頼度を要しない区間ではないか、と想像されます。

すなわち支線区間である道明寺線の可能性が高いのかな、、なんて思いました。

要らんスレ汚し、失礼しました。

アレ・・・・

奇車怪社どの、
小職も漂流物の橋脚への付着については考察していました。
が、絵の橋脚の向こうの黒いのは漂流物には見えませんでした(核爆)・・・・

ありがとうございます!

おぞさん、
はじめまして!
コメントありがとうございます!
配電系統からの推測ははじめてです。
すばらしい。
しかし、今朝の記事に正解を記載したとおり・・・。
絵なので少々配線が脆弱に描かれているようです(核爆)・・・・
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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