岩手軽便鉄道跡探検記(その3 鳥谷ヶ崎駅跡の巻) 

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
東ニ病気ノデハアレバ
仕事モセズニ見ニイッテ
西ニツカレタモハアレバ
仕事モセズニ見ニイッテ
北ニ死ンダ線路アレバ
廃線跡ヲ歩クダケ
名古屋ニモケー屋アレバ
買イアサル
サウイフヲタニ
ワタシハナッテモータ

こんばんわ、今夜もやってまいりました、宮沢アワー。お相手はあなたのケンジ、宮沢犬治です。


地図1
スライド5
昨夜は途中で終わってしまったので今夜もこの地図からおさらいです。
花巻市街地の地形図に、廃線跡を重ねたもの。
今夜はこのうち赤い四角で囲まれた「A」部分の後半戦。
ハイライト区間の「鳥谷ヶ崎(とやがさき)駅」付近でアリマス!

地図2
スライド7
この地図も昨日のおさらいですね。
中央の赤い点線で囲まれた「詳細地図」を見てみましょう!

地図3
スライド8
地図の左端に昨日ご紹介した「かっぱ飯店」がプロットされていますね。

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昨日もごらんいただいた写真です。
ちょうどかっぱ飯店の前あたりです。
左方からやってきた列車はかっぱ飯店前あたりで少し高度を上げ、幸橋に差し掛かります。

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(4)

地図2の赤い丸(4)の場所です。コレが幸橋。
橋ではありますが下に川が流れているわけでは有馬温泉。
それでは幸橋の上から左右を眺めてみましょう!

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まず右を向きます。すなわち、南側に広がる花巻市街地方向。
川ではなく、道が通っています。
すなわち、跨道橋。
そう、この道が地図1に赤い点線で示す、城山と西側に広がる丘陵の間の谷道。

左、すなわち北方向、すなわち地図では上の方向も見ておきましょう。
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なんですカー、左右に立ち並ぶこのボロっボロの商店は!?

気になるのでここで脱線して、幸橋から谷道へと降りて、北側、遠くの方、すなわち、
地図2のちょうど真ん中あたり、赤い四角に白字で書かれた「谷道から幸橋を見る」と書いた地点から幸橋を眺めてみましょう!

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遠くの方で道を跨いでいるのが幸橋。
右手の商店の裏がすぐに崖が見え、丘になっていることがわかります。
左の商店の裏もすぐに城山の崖です。
道幅+両脇の商店だけの細い谷。
もしかすると自然に出来た谷ではなく、道路を付けるための掘割なのかもしれません。

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すこし幸橋に近づきました。

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幸橋です。
この橋は昭和42年に架けたと記されています。廃線となった昭和18年にはすでに国有化され、「釜石線」と呼ばれていましたが、それ以降、この橋が建設されるまでの24年間はもしかすると鉄橋が残されていたのでしょうか?

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幸橋をくぐり、南側からも見てみましょう。
ボロっボロの商店が見えますね。

脱線はこれぐらいにして、ふたたび橋の上に戻りましょう。
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幸橋を渡りきったところでちょっと振り返ってみました。
やっぱりこの商店、見下ろすとまた格別な味があります。
それぞれ異なるパステルトーンはベルギー・ブルージュやイタリア・ベニスを思い起こさせますがまったく違います(大糞核爆)。
そういえば、西鉄でイケるブルージュでうなぎのせいろ蒸しを食った記事を以前アップしてますのでリンクしておきます。
(←ブルージュへは西鉄電車で!)

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(5)

同じ場所でさあ、前を向いて進みましょう。
右手に駐車場が見えます。
ここが!
岩手軽便鉄道の本社跡地!

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さらにすこし進みます。なにやら右手に木造建築物が見えてきました。
そう、この一角が鳥谷ヶ崎(とやがさき)駅跡でアリマス!

ここで少し線路跡を外れてもう一度振り返ります。
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左手が幸橋。正面が例のボロッボロの商店。
この道が城山と谷道を結ぶスロープ。
本社建屋をバックに幸橋を渡る古い軽便鉄道の絵葉書がググれば出てきますが、その絵葉書にもこのスロープは存在しています。

もう一度進行方向を向きなおします。
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右手に前夜訪れていた木造建屋が見えてきました。

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これがその建屋。
(←夜のこの建物)


今度は、この建物に至る直前に線路跡と平行して一本南側を通る道に入ってみましょう。
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これがその道の入口。
地図3でも線路跡と平行に、軽便鉄道本社ウラから1ブロックだけ道があるのを確認できます。
左手が線路跡から見える木造建屋群。右手には大きなお屋敷。
地図3にプロットされた文字によるとこの木造建屋群は「小友(おとも)木材店」の建物のようです。
そして右手の屋敷の表札は「小友」・・・・
小友木材店の社主の屋敷なのでしょう。

さてウラ道を進みます。
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あ!

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あああっ!

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ここに!

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コレが建っているのでガス!

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岩手軽便鉄道 鳥谷ヶ崎駅跡

岩手軽便鉄道は、似内まで現在の釜石線とは別のコースを通っていた。稗貫農学校の前を通り鳥谷ヶ崎神社の北裏から瀬川の鉄橋を渡り小舟渡地区を通って似内駅に至った。稗貫農学校や花巻高等女学校の汽車通学生はこの駅で乗降した。何しろ時速15km程なので汽車の来る音を聞いてから校門を飛び出しても間にあった。
「シグナルもタブレットもあったもんでなく、
とび乗りのできないやつは乗せないし
とび降りぐらいやれないものは
もうどこまでもつれて行って・・・・」
                  詩(「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」)

七月(ジャズ)ってなんやねん~!?
ってのはおいといて、

そう、この木造建屋群の場所こそが鳥谷ヶ崎駅跡!

もしかするとひょっとすると、築100年近いと思われるこの建屋は「跡」ではなく、駅舎そのものかもしれません!

小友木材店は岩手軽便鉄道の沿線、遠野を発祥とする材木屋。材木の集散地であっただろう花巻への、軽便鉄道の大手荷主だったのかもしれません。
それが縁で、廃線時にこの鳥谷ヶ崎駅一帯を買収した、というストーリーも容易に思いつくところです。

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周辺にはこんな商家も散在しています。

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線路跡の道に戻り、さらに東へと続きます。

つづく

ご安心ください。あと1、2回で終わります(糞爆)。がまんしてください(大糞核爆)!

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コメント

七月ジャズ なんでしょうね

真夏の夜のジャズ、恥垢ハミルトンなんちて。

有名なベイシーは一関だったっけ。花巻とは関係なさそうだし・・

七月(ジャズ)

七月(ジャズ)と記載してるのがさらに気になりますね。あたかも七月のことをジャズと呼ぶかのような。
ニューポートは8月でっせ。モントレーは9月。7月はモントルー。スイスか・・・・
イメージつながんないなあー
ベイシーは一関。文化的な風土ですね、イーハトーヴ。
しかし、この精魂こめたシリーズ、いよいよモナ田さんとわたくし宮沢の往復書簡の体だなあ・・・・

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