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1971年夏 岡山駅 

1971年の夏休み、岡山へ行きました。Nゲージ仲間だったS君がお父さまの転勤でその年の春に転校していったのです。1972年の新幹線の岡山開業を前に153系急行「とも」で大阪から2時間ほどかかったと思います。かばんに関水(いまはKATOのほうが通りがいいですね)の103系、20系ブルートレイン、コキ10000、EF65、それにありったけの線路を詰めて。ユニトラックなんてない時代ですから枕木だけの固定式線路。これを虫ピンで畳に刺して固定するのでした・・・

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われわれの「とも」に続いて入線してきたのが最新鋭のキハ181系特急「おき」。その後「やくも」と改名、現在も381系で運転されている伯備線の特急列車です。その前身はキハ58系の急行「おき」。「おき」はその以前は「だいせん」を名乗っていましたが、「だいせん」が姫新線経由に改められたことを受けて新しく名付けられたと記憶しています。

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続いて581/583系「つばめ」。大阪・新大阪始発の優等列車がつぎからつぎへとやってきます。しかもすべて国鉄色!あたりまえですが・・・今から考えると夢のようです。
後方の建設中のコンクリート構造物はもちろん、翌年に開業することになる山陽新幹線の高架駅です。

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フィルムが露光してしまったのか左半分が真っ黒ですが岡山ローカルの湘南色の80系も写っていました。

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S君の家は岡山から宇野線でひと駅、大元駅近くにありました。これはその大元駅近くで撮った153系急行「鷲羽」。先頭の低運クハ153には真新しいAU13クーラーが載っていますが、その後ろは窓が全開していますからまだクーラーを載せていないのでしょう。しかも今よく見るとクハに比べてドア幅が狭く見えます。もしかしたら155系のM-M'ユニットを湘南色に塗り替えたものかもしれません。
「ハエタタキ」と呼ばれた電信柱もなつかしいです。今はどんな風景になっているのでしょうか。
つい、昨日のことのように思い出す、41年前の夏でした。


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