モナに背負われシリーズ (本年)最終回 名鉄美濃町線聖地巡礼 

12月のはじめには、以前ご報告のとおり、モナ田シグ之さんのセコイラインで明治村へ見物に出かけた帰り、さらに北へ足を伸ばしました。
(←アイルトン・モナ発進!)
(←明治村 N電編)
(←明治村 SM編)

地図1
スライド1
かつて、名鉄には岐阜市内をめぐる岐阜市内線を中心に、岐阜北西の本揖斐に到る揖斐線、揖斐線から別れさらに北を目指す谷汲線、そして北東方向へは美濃町線と、多くの600V路線が延びていたそうです。
ボクはほとんど知りませんが・・・・

きょうはそのうち、地図上赤い四角で囲んだ、関~美濃間をたどってみましょう。

地図2
スライド2
コレが上の地図(1)、赤い四角の部分の拡大図。
実はこの関(新関)~美濃間は全線が廃止になる2005年から遡ること6年、1999年に廃止になっていたようです。

地図3
スライド3
上の地図1の赤い四角1を拡大したのがこの地図。
右上が長良川鉄道、元は国鉄越美南線の関駅。
関駅から南へ、県道281号線の左手に怪しい曲線が見えますね。

地図4
スライド4
そう、その曲線を目安に、当時の美濃線のルートを重ねました!
ただし、拙いオレの想像図。
1999年の関(新関)~美濃間廃止まではこの地図左下の黄色いゾーンに新関駅があり、バスやタクシーのターミナルを併設し、それなりの規模を誇っていたようです。(赤点線)
そして、関(新関)~美濃間廃止と同時に、並行する長良川鉄道の関駅に直結する新ルートを建設しました。(赤実線)

それでは、この地図を見ながら、現地へ行ってみましょう。

A地点
RIMG0094_20161228120616b68.jpg
県道281号の「A」の位置から北東、すなわち長良川鉄道の関駅方向を見たところ。
ちょうど真ん中、柵のあるあたりが抜けています。
ここを1999年~2005年の6年間、美濃線の電車がすり抜けていたと思われます。
柵の左側のプレハブはどうもその後建ったものみたい。

B方向へ歩く
それでは美濃町線跡をたどって県道281号から岐阜方向へちょろっと歩いてみましょう。
RIMG0089_20161228120625047.jpg
さすがは廃止後まだ11年。
キレイに線路跡が残っています。

RIMG0090_2016122812062611e.jpg
こんなのも・・・・

RIMG0093_20161228120628eae.jpg
線路跡は右へカーブしながらどんどん奥につながっています。

RIMG0095_20161228120648b7e.jpg
うーん
モナ田さんが先走ってますねー(大糞核爆)。

モナ田さんはこの数週間前にひとりでココを訪れているのですでにアキアキしてるのがバレバレです!

RIMG0096_20161228120650a77.jpg
ここで小さな水路を渡っていたようです。

RIMG0098_2016122812065149e.jpg
どうみても11年やそこら前に作られたものでは有馬温泉。
少なくともこの地点までは関=美濃廃止前から、すわなち、美濃線開通当時からのルートだったと考えるのが打倒× 妥当でしょう。

RIMG0101_2016122812070822a.jpg
ココでコレです(大糞核爆)!
ここはまだ、「耕作」と書いてアリマスが、
場所によっては「作らないでください」と目的語も書いていない看板があるそうです。
ココでモケー作るのもアレだし、ましてやセックスするのはもっとアレだし。。。。
もろちん、作らないでくださいの目的語は農産物、ということなんですね。

RIMG0099_2016122812065381b.jpg
さらに進むと、線路跡のど真ん中にダッさい建売住宅が見えてきます。

RIMG0100_201612281207065ea.jpg

C地点
RIMG0103_20161228120709b5b.jpg
C地点に到着です。
古い橋台の向こうのぴかぴかの建売住宅。
そう、こここそが、新関駅跡なので有馬ー!

実はこの建売住宅、ほんとうにごく最近出来たようで、Googleの車載カメラからの画像ではまだ更地。
・・・ということは更地になる前はきっと、バスの営業所に転用された新関駅舎が残っていたハズです。
うー。残念。

RIMG0104_20161228120710c06.jpg
振り返りますと、こちら側の古びた橋台もしっかり残っていました。

D方向へ戻る
RIMG0105_201612281207129d3.jpg
こんどは来た道を戻ります。

RIMG0107_20161228120726175.jpg
ああっ!
またあんなトコにモナ田の姿がっ!

RIMG0108_20161228120726355.jpg
さっきの水路まで戻りました。
さあ、この写真のドコにモナ田がいるでしょう(大糞核爆)?

RIMG0109_2016122812072899c.jpg
あっ

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あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~!

地図2
スライド2
ここでもう一度地図2に戻っていっただっきまーす♪

地図5
スライド5
地図2の今度は赤い四角2を拡大したのがこの地図。
赤い丸の右上でちょんぎれるカーブした道路と左下でちょんぎれるこれまたカーブした道路が怪しい。

地図6
スライド6
こうなっていたのではアルマイカ?
もちろん、まだ、いくらも研究していないので単なる想像。
この区間は11年前のさらに6年前の廃止なので廃止後17年が経っています。
右上が終点美濃。

RIMG0173_20161228121330b07.jpg
美濃駅手前で南東方向、すわなち、長良川鉄道に直交する視線で見た、「三つ乳山」をバックにしたこの道。
三つ乳山とはもろちんオレが勝手に名づけましたが(大糞核爆)。
道の左側にいかにも17年前は線路だったと言いたげな空地が。
そして、その先で道路は右へカーブを切ります。

ここで逆方向を向きますと!
RIMG0169_201612281213297be.jpg
あっ!

RIMG0112_20161228121327488.jpg
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~

RIMG0119_20161228224541f4c.jpg
うわあああああああああああああああああああああああああああああああ~~~
RIMG0118_20161228224540678.jpg
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そう、ここ、旧名鉄美濃駅は駅舎とともに数両の美濃町線電車が保存される、ちょっとした記念館となっています。
いや、駅舎も電車もすばらしい保存状態。
じっくり拝見しました。

RIMG0168_20161228224559b26.jpg
う~ん・・・・・

*この記事はほぼ、あてずっぽうで書いているため根本的な間違いがあるかもしれま温泉。
廃止後たった11~17年。現役時代に何度も訪問されているモハモハちゃんや床下危機さんもいらっしゃることでしょう。
間違いを発見したらスグ報告してください(大クソ核バック)!
*モハモハちゃんに焚き付けられた、とはいえ、ここまでお連れいただいたモナちゃん、今年はホンマにお世話になりましたー。
*美濃駅に保存されている電車の詳細はまた来年!チャオ♪

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岩手軽便鉄道跡探検記(その5(最終回) 似内(にたない)の巻)  

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こんばんわ、今夜もあなたのケンジ、宮沢犬治がお送りする宮沢アワーの時間です。
いつにもまして不人気だったこのシリーズも今夜でおしまい。
よかったですね(糞爆)!

地図1
スライド2
前回の黄色い四角(B)地点から、今夜ご紹介する青い四角(C)地点まではしばらく北上川に沿ってのんびり走ります。
イギリスでもない、海岸でもないのにイギリス海岸はちょうどこの(B)と(C)の中間あたり。

地図2
スライド10
ではいつものように、青い四角(C)の部分の拡大図です。
赤い丸の部分に注目です。
地図上方を左右に横切っているのが現在の釜石線の線路。見えにくいですがちょうど中央に「似内」と書いてあるところが似内駅です。

地図3
スライド13
これまたいつものように、地図2に廃線跡を載せました。
ここまでの幹線道路から、高架道路である国道4号をくぐったところで左へ分岐、なだらかな右カーブで現在の釜石線につながる様子がわかります。


RIMG0145_201609142148437c1.jpg
(9)
地図3の赤い丸(9)、北上川沿いの幹線道路が国道4号の高架をくぐる地点にやってきました。
くぐってスグのところになにやら怪しいケモノ道が見えます。

近寄ってみましょう。
RIMG0139_2016091421482111b.jpg
ケモノ道のスグ先になぜかガードレールが見えます。

RIMG0140_20160914214839df6.jpg
ケモノ道に入ります。

RIMG0141_20160914214840175.jpg
ガードレールに近づきました。

RIMG0148_20160914214857d4d.jpg
ガードレールの先にはそこそこ立派な道が!

RIMG0150_20160914214858a7a.jpg
さsらに進むとこっちもむこうも円弧を描いて、さっきの幹線道路につながります。

そう、このケモノ道が線路跡。
線路跡をそこそこ立派な道にしたのだけど、国道4号線のバイパスを建設して、別れ道があまりに高架に近すぎて危険、と判断したのか、道を付け替えたようです。

ここでガードレールまで戻って振り向いてみましょう。
RIMG0144_20160914214842285.jpg
ケモノ道はこんな角度で幹線道路と分かれます。
地図で見るとそんなでもないのですが、かなりの角度。
もしかすると軽便鉄道はこのまま幹線道路を突っ切って向こうへ伸びていたのかもしれません。

RIMG0138_201609142148209f0.jpg
最初の写真と同じようですが、逆向きです。
突っ切った先を見に行きましょう。

RIMG0147_2016091421484583b.jpg
左手に国道4号が北上川を渡る鉄橋が見えるほかはずっと田んぼが広がっています。
線路跡らしきものはさすがにもう残ってません。

RIMG0152_20160914214900d99.jpg
では地図3、赤い丸(10)の場所に戻って、さらに先へ進みましょう。
右手にさほど分かれた幹線道路が見えます。
こちらは大きな右カーブを描きます。
いかにも鉄道線路跡。

RIMG0153_20160914214901fe6.jpg
右カーブが続きます。

RIMG0154_20160914214903bab.jpg
右カーブが続きます。

RIMG0155_201609142149149e6.jpg
あ。
その先に踏切?

RIMG0156_201609142149160cc.jpg
釜石線の踏切です!

地図4
スライド14

ここまでゆるやかな右カーブを描いてきた延長線で釜石線と合流します。
そう、この先は昔も今も同じルート。
逆に言えば、釜石からやってきた列車はかつてはこちらへ向かって左カーブを描いて花巻駅を目指したワケです。

RIMG0157_201609142149175da.jpg
踏切から釜石方へはまっすぐな線路が続いていました。

RIMG0158_20160914214919401.jpg
花巻方はすぐそこに似内駅が。
旧線だったころはどこに似内駅はあったのでしょうか。
(おわり)

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岩手軽便鉄道跡探検記(その4 城山を下り、イギリス海岸へ)  

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忘れた頃にやってくるシリーズ、なんと、3回目で中断したようになっていた岩手軽便鉄道跡探検記シリーズがついに再開です!
楽しみにしていたみなさん、ほんとうにおまたせしました(ダレがっ!?)!


こんばんわ、今夜も登場するのは、もろちん、あなたのケンジ、宮沢犬治です。

地図1
スライド2
ゾーンが変わるので、この地図からスタートです。
今夜はゾーンB!黄色い四角で囲まれた部分です。

地図2
スライド5
地図1を少し拡大し、少し下にずらしたこの地図も一応、おさらいしてください。
少し下にずらしたのはパンティーでは有馬温泉。地図1です。
ゾーンBには駅など目だった施設は有馬温泉。
ただ、緑色で示された、城山を下る区間であることがおわかりいただけると思います。


地図3
スライド8
地図1、2の黄色い四角、ゾーンBの拡大図。
赤い丸で囲まれた部分が怪しいですね。

地図4
スライド10
地図3に線路跡と城山の等高線を載せてみました!
等高線に直交して、線路は急激に高度を下げることがおわかりいただけるでしょうか?


RIMG0099_2016091421470269c.jpg
鳥谷ヶ崎駅を出た列車はゆるやかに左カーブを描きます。

RIMG0100_201609142147035c7.jpg
右手の林が鳥谷ヶ崎神社。その先は急な下り勾配です。

RIMG0102_201609142147043c4.jpg
(6)

地図4、赤い丸(6)の地点まで降りてきました。
道路は右方へカーブし、その先はさらに急な坂。
しかし、ここで左方へ分かれる道がゴザイマス。
そう、この左方へのルートが線路跡!

RIMG0104_20160914214705f58.jpg
左方へ進むとさらに急な下り坂

RIMG0106_20160914214723cd3.jpg
さらに進むとかくっと左へ折れてます。
ここで、メインの道路と分かれた方を振り向いてみましょう。

RIMG0105_201609142147075c5.jpg
うおー!
見上げればさらにめっちゃ急な坂でアリマス。
この坂をおもちゃのようなSMが登っていたんでしょうか?

RIMG0108_20160914214724196.jpg
さらに進むと前方で途切れているようです。

RIMG0110_2016091421472624c.jpg
川です。
ちょうど対岸も道路というか、広場になっていて建物は有馬温泉。
そう、ここを軽便鉄道は渡ってたはずですが、さすがに70年。
橋脚の跡形も有馬温泉。

さらに対岸を拡大してみましょう!
RIMG0112_20160914214727f7e.jpg
空いてる空いてる~~!
空いてる先は国道、その先も空いてます~!

さて、このあたり、ややこしいので地図の縮尺をさらに伸ばします。

地図5
スライド11

城山の坂を降り、左下から進んできた列車は川と、川とはややこしい角度で交わる奥州街道(陸羽街道)=旧国道4号線、現国道298号線を続けて渡ります。川も道路も70年前に同じ場所だったかもわかりませんが・・・・
ともかく、線路跡と思われるラインは川も道路も突っ切ってまっすぐつながっています。

RIMG0116_20160914214752473.jpg
対岸に渡りました。左前方が国道298号、右前方が線路跡のハズです。

RIMG0115_20160914214751c9f.jpg
線路跡の道はなおゆるやかに左カーブを続け、さらに先へとつながっています。

RIMG0113_2016091421472986a.jpg
ここでさっきの川の方向を振り向きましょう。
微妙な角度の国道の対岸に、さっき川の向こうから見た空き地が見えますね。

このあとは北上川に沿った伸びやかな道路が続きます。おそらく軽便列車はのんびり走っていたのでしょう。

RIMG0119_20160914214754e54.jpg
ああっ!イギリス海岸(糞爆)!
ここはイギリスでも海岸でも有馬温泉!
宮沢賢治が勝手に名づけたのです!

駐車場が整備されているので、ちょっとイギリス海岸を散歩してみましょう!
RIMG0121_2016091421475542a.jpg
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北上川は美しいですが、やっぱりイギリスでも海岸でも有馬温泉。

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1970年代はちょっとだけイギリス海岸みたいだったらしいです・・・・・

ココの車止めがまたイカれてるのでちょっとご紹介しましょう!
RIMG0135_20160916150449302.jpg
ひ!?

RIMG0136_20160916150450d1e.jpg
ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい~~!

国鉄の腕木信号機が軽鉄の腕木信号機を押し倒してパンティーを下へずらす、というお話は宮沢賢治の童話、「エロ弾きのゴーシュ」の一節、「シグナルとシグナレス」のお話ですが、こちらは「注文の多い模型店」の一節「月夜のでんしんばしら」をモチーフに。
宮沢賢治、あのジャックゼリー午前零時王と同じく、鉄道施設ヲタだったのだと思います。
(→レイジージャックの驚異の腕木式)

RIMG0134_201609142148183a2.jpg
さあ、さらに先へと進みましょう。
きっとこの線路跡の脇には月夜の電信柱が立ち並んでいたのでしょうね。
ドッテテドッテテドッテテドッテテドッテテド

そろそろこの廃線跡ツアーも終点似内に近づいてきました。
あと一回で終わりです。
よかったですね(大糞核爆)!

あなたのケンジ、宮沢犬治でした!
チャオ!

第1回説明会は終了しましたが、鉄犬まらまら主義(略称TMS)レイアウトコンテスト参加者まだまだ募集中!
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岩手軽便鉄道跡探検記(その3 鳥谷ヶ崎駅跡の巻) 

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こんばんわ、今夜もやってまいりました、宮沢アワー。お相手はあなたのケンジ、宮沢犬治です。


地図1
スライド5
昨夜は途中で終わってしまったので今夜もこの地図からおさらいです。
花巻市街地の地形図に、廃線跡を重ねたもの。
今夜はこのうち赤い四角で囲まれた「A」部分の後半戦。
ハイライト区間の「鳥谷ヶ崎(とやがさき)駅」付近でアリマス!

地図2
スライド7
この地図も昨日のおさらいですね。
中央の赤い点線で囲まれた「詳細地図」を見てみましょう!

地図3
スライド8
地図の左端に昨日ご紹介した「かっぱ飯店」がプロットされていますね。

RIMG0041_20160914073847f6e.jpg
昨日もごらんいただいた写真です。
ちょうどかっぱ飯店の前あたりです。
左方からやってきた列車はかっぱ飯店前あたりで少し高度を上げ、幸橋に差し掛かります。

RIMG0042_20160914073849922.jpg
(4)

地図2の赤い丸(4)の場所です。コレが幸橋。
橋ではありますが下に川が流れているわけでは有馬温泉。
それでは幸橋の上から左右を眺めてみましょう!

RIMG0045_20160914073852280.jpg
まず右を向きます。すなわち、南側に広がる花巻市街地方向。
川ではなく、道が通っています。
すなわち、跨道橋。
そう、この道が地図1に赤い点線で示す、城山と西側に広がる丘陵の間の谷道。

左、すなわち北方向、すなわち地図では上の方向も見ておきましょう。
RIMG0044_2016091407385012d.jpg
なんですカー、左右に立ち並ぶこのボロっボロの商店は!?

気になるのでここで脱線して、幸橋から谷道へと降りて、北側、遠くの方、すなわち、
地図2のちょうど真ん中あたり、赤い四角に白字で書かれた「谷道から幸橋を見る」と書いた地点から幸橋を眺めてみましょう!

RIMG0092_20160914074031ecd.jpg
遠くの方で道を跨いでいるのが幸橋。
右手の商店の裏がすぐに崖が見え、丘になっていることがわかります。
左の商店の裏もすぐに城山の崖です。
道幅+両脇の商店だけの細い谷。
もしかすると自然に出来た谷ではなく、道路を付けるための掘割なのかもしれません。

RIMG0088_2016091407403067a.jpg
すこし幸橋に近づきました。

RIMG0081_2016091407402624c.jpg
幸橋です。
この橋は昭和42年に架けたと記されています。廃線となった昭和18年にはすでに国有化され、「釜石線」と呼ばれていましたが、それ以降、この橋が建設されるまでの24年間はもしかすると鉄橋が残されていたのでしょうか?

RIMG0085_2016091407402870f.jpg
幸橋をくぐり、南側からも見てみましょう。
ボロっボロの商店が見えますね。

脱線はこれぐらいにして、ふたたび橋の上に戻りましょう。
RIMG0046_20160914073853754.jpg
幸橋を渡りきったところでちょっと振り返ってみました。
やっぱりこの商店、見下ろすとまた格別な味があります。
それぞれ異なるパステルトーンはベルギー・ブルージュやイタリア・ベニスを思い起こさせますがまったく違います(大糞核爆)。
そういえば、西鉄でイケるブルージュでうなぎのせいろ蒸しを食った記事を以前アップしてますのでリンクしておきます。
(←ブルージュへは西鉄電車で!)

RIMG0047_2016091407391128c.jpg
(5)

同じ場所でさあ、前を向いて進みましょう。
右手に駐車場が見えます。
ここが!
岩手軽便鉄道の本社跡地!

RIMG0077_20160914074003c66.jpg
さらにすこし進みます。なにやら右手に木造建築物が見えてきました。
そう、この一角が鳥谷ヶ崎(とやがさき)駅跡でアリマス!

ここで少し線路跡を外れてもう一度振り返ります。
RIMG0078_20160914074025b4a.jpg
左手が幸橋。正面が例のボロッボロの商店。
この道が城山と谷道を結ぶスロープ。
本社建屋をバックに幸橋を渡る古い軽便鉄道の絵葉書がググれば出てきますが、その絵葉書にもこのスロープは存在しています。

もう一度進行方向を向きなおします。
RIMG0051_201609140739137cc.jpg
右手に前夜訪れていた木造建屋が見えてきました。

RIMG0075_201609140740011b4.jpg
これがその建屋。
(←夜のこの建物)


今度は、この建物に至る直前に線路跡と平行して一本南側を通る道に入ってみましょう。
RIMG0052_201609140739147c0.jpg
これがその道の入口。
地図3でも線路跡と平行に、軽便鉄道本社ウラから1ブロックだけ道があるのを確認できます。
左手が線路跡から見える木造建屋群。右手には大きなお屋敷。
地図3にプロットされた文字によるとこの木造建屋群は「小友(おとも)木材店」の建物のようです。
そして右手の屋敷の表札は「小友」・・・・
小友木材店の社主の屋敷なのでしょう。

さてウラ道を進みます。
RIMG0054_20160914073917487.jpg
RIMG0055_20160914073933ec9.jpg
あ!

RIMG0056_20160914073935d35.jpg
あああっ!

RIMG0057_20160914073937121.jpg
ここに!

RIMG0058_20160914073938c17.jpg
コレが建っているのでガス!

RIMG0059_20160914073939853.jpg
岩手軽便鉄道 鳥谷ヶ崎駅跡

岩手軽便鉄道は、似内まで現在の釜石線とは別のコースを通っていた。稗貫農学校の前を通り鳥谷ヶ崎神社の北裏から瀬川の鉄橋を渡り小舟渡地区を通って似内駅に至った。稗貫農学校や花巻高等女学校の汽車通学生はこの駅で乗降した。何しろ時速15km程なので汽車の来る音を聞いてから校門を飛び出しても間にあった。
「シグナルもタブレットもあったもんでなく、
とび乗りのできないやつは乗せないし
とび降りぐらいやれないものは
もうどこまでもつれて行って・・・・」
                  詩(「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」)

七月(ジャズ)ってなんやねん~!?
ってのはおいといて、

そう、この木造建屋群の場所こそが鳥谷ヶ崎駅跡!

もしかするとひょっとすると、築100年近いと思われるこの建屋は「跡」ではなく、駅舎そのものかもしれません!

小友木材店は岩手軽便鉄道の沿線、遠野を発祥とする材木屋。材木の集散地であっただろう花巻への、軽便鉄道の大手荷主だったのかもしれません。
それが縁で、廃線時にこの鳥谷ヶ崎駅一帯を買収した、というストーリーも容易に思いつくところです。

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周辺にはこんな商家も散在しています。

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線路跡の道に戻り、さらに東へと続きます。

つづく

ご安心ください。あと1、2回で終わります(糞爆)。がまんしてください(大糞核爆)!

岩手軽便鉄道跡探検記(その2 軽鉄花巻発射の巻) 

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
東ニ病気ノデハアレバ
仕事モセズニ見ニイッテ
西ニツカレタモハアレバ
仕事モセズニ見ニイッテ
北ニ死ンダ線路アレバ
廃線跡ヲ歩クダケ
名古屋ニモケー屋アレバ
買イアサル
サウイフヲタニ
ワタシハナッテモータ

こんばんわ、今夜もあなたのケンジ、宮沢犬治がお送りする宮沢アワーの時間です。
いよいよ今日からはわたくし、宮沢犬治とご一緒に岩手軽便鉄道線路跡を歩いてみましょう。

地図1
スライド5
まず、昨夜のおさらいです。
国鉄花巻駅南東に軽鉄花巻駅はありました。
そこから発射した列車はゆるやかな左カーブを描いて花巻城内を通過します。
花巻駅から花巻城内までの間にタテの赤い点線で示す丘陵と城山の間の谷を渡るのがお分かりいただけると思います。

デハ、今夜はこの地図、「A」で示された赤い四角の部分をご紹介しましょう。

地図2
スライド6
地図1の「A」赤い四角の部分を拡大した地図です。
うーん
駅前周辺は再開発が進んでさすがに廃止後70年以上の線路跡は見つけられないですね・・・・・
赤い丸のところが谷を渡る地点。

地図3
スライド7
そこで推測される線路跡を同じ地図に載せてみました!
左上隅が国鉄花巻駅。
東口駅前ロータリーのすぐ南側のグレーの四角が岩手軽便鉄道の軽鉄花巻駅跡です。
軽鉄花巻駅には花巻電鉄も乗り入れていて、最も国鉄線に近いところから発着していたみたいです。
軽鉄の線路が新しい釜石線になって後、花巻電鉄は約300mほど線路を短縮、南側へ駅を移し、新たに「中央花巻」として再出発しました。

デハ、まず花巻駅前に降り立ってみましょう。

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国鉄花巻駅です。めっちゃ天気悪くて寒いくらいです。

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駅を背にして東方をみたところ。
左手に駅前ロータリーが広がり、右側の大きな建物がホテルグランシェール。

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グランシェールの手前に広場があります。
正面に見えるのが「なはんプラザ」という地元施設。

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もう少し進むと、市営駐車場があります。

さて、グランシェールの角には!
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アリマス!

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ナルホド!

やはりこの市営駐車場あたりが軽鉄花巻駅跡なんでガスね!

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以前もご覧いただいたこの看板、右側の「銀河鉄道の夜」のイメージ写真は有名すぎてアレですが、左が気にナリマス。

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コレデス!

(現花巻駅)方向、と書いてあるので北を向いた写真(終端方向)でしょうか?
線路が左方向へ伸びているのでなんとなく南を向いた、進行方向のようにも見えますが
これは軽便線が国鉄線に擦り寄っていっているだけかもしれません。

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(1)

この写真(1)は地図3の赤い丸(1)の場所でその看板を背にして、すなわち北を向いて撮ったもの。
(このあとも写真番号と地図の赤い丸の番号は一致しています)

手前が市営駐車場、正面奥にグランシェール、左手がなはんプラザ。
もし、看板の写真が本当に北向きのものなら同じアングルのはずです。

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(2)

地図2の地点で軽鉄花巻駅の東側を南北に走る、商店街を南方を向く。
この先、すぐのところで軽便鉄道は道路を渡っていました。
両側の商店は古い建物が多く、渡った箇所を特定できるかとも思いましたがよくわかりませんでした。

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(3)

地図赤い丸(3)まで進みました。
ちょうどこのあたりで線路は道路を横切り、左方(東方)へと向きを変えたはずです。
線路がカーブを切ったあたりの左手前はおあつらえ向きに駐車場ですが、70数年は廃線となったあと、建物が建って、さらに取り壊したとしても十分な年月です。

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この交差点の左奥にはこんなれんが造りの鉄道関係施設っぽい建物も発見。
怪しい角度で建ってますがなんのことはない、駅前を進んできた道に平行に建ってます。
・・・・鉄道とは関係なさそうです、、、、

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左へ曲がってからの道路。この道路はまさに線路跡のはずです。
交差点部分で少し逆に曲がっているところも線路に無理やり擦り合わせた感が漂いますね!

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東西に向きを変えた線路跡を少し進むと左手にかっぱ飯店。
店名、そしてこの電飾看板・・・・・ 惹かれます!

写真 1
ぼわ~んと輝く夜は余計に堪らん!

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かっぱ飯店の駐車場はバラスト敷き。でもこれは新しすぎるでしょう。

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(4)

かっぱ飯店前で前方を見ると道路はやや上り勾配となり、その先はなだらかに下っているようです。

A地点ではさらに進む予定でしたが、ちょっと長すぎますね。
あすの(その3 いよいよ鳥谷ヶ崎駅の巻)をお楽しみに、今夜はこのあたりで!
宮沢犬治でした!
チャオ!