あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!(その12 ザ・メイキング・オブ・あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!の巻)  

半年にわたってごらんいただいた、「あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!」いよいよ最終回です!最終回の今夜はいつもと趣向を変えて、モナちゃんから見た廃線跡トレース、すわなち「ザ・メイキング・オブ・あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!」(なんのこっちゃ!?)!

わんわん1
(Photo by Monata Shigyuki)
これはまだ、最初のほう、忠節で岐阜市内線から揖斐線に入りしばらく、伊自良川を渡る尻毛橋を越えたところの築堤に切られた道路橋跡!
(←ここでした)
ちょうど線路のところあたりに小さくオレがサキバシッていますね・・・・

わんわん2
(Photo by Monata Shigyuki)
つづいてコレは「レールパーク」として再整備された黒野駅!
(←ここでした)
いったい、んこでもしそうな体勢ですぬー
ナニしてるんでしょうかぁ?


わんわん3
(Photo by Monata Shigyuki)
はやくも揖斐線の終点本揖斐駅跡。
(←ここでした)
みんなで築こう人権蹂躙 自民党

わんわん4
(Photo by Monata Shigyuki)
谷汲線に入りました。
例の、山岳地帯への入口。衛星写真では線路が見えなくなる地点です。
(←ここでした)

わんわん5
わんわん6
わんわん7
(すべてPhoto by Monata Shigyuki)
そして楽しかった旅もこれでおしまい。
昨日ご紹介したばかりの谷汲線の終点、谷汲駅。
モナ田さん、走ったり止まったり、ココ止まれ、ココ止まるなの連続走行、ありがとうございました。
お疲れだったと思います。
ぼくも疲れました(大糞核爆)。

駄菓子!
オレにはもうひとつミッションが残ってます!
谷汲線谷汲から揖斐線揖斐駅まで、電車が存続していたらきっと1時間ほどかかっていたでしょうが、実は高性能モナ田号なら山越えルートをとればわずか10分ほどで着いてしまいます。
そしてその本揖斐駅から揖斐川を渡れば・・・・

RIMG0276_20171218130042d76.jpg
養老鉄道の終点揖斐駅だ!

あれほどカンカン照りだった太陽は隠れ、いますぐに豪雨が降りそうな空!
しかし、時刻表を見ればあと15分ほどで揖斐駅に到着する列車がありまーす!
こういうときは絶対、ラビットカー塗装がやってくるハズ!
信じて疑いません!

モナ田、GO!
国道をしばらく走ったところにすばらしいアウトカーブの養老鉄道線と接するトコがある!
そこまで7分30秒で走るのだ!

ところがそこへ客から電話(大糞核爆)!
オレが電話してる間にモナ田は勝手に市役所みたいなとこの駐車場にクルマをイン!
客との電話をブチ切って(大糞核爆)
ゴルァ、モナ田、なぜこんなトコに勝手にインするかーあああああああああああ嗚呼嗚呼!とオレは殴りかかった!
しかし、もうこの瞬間ラビットカーが通過しそうだー!モナ田を殴っている場合じゃない!
あわててクルマを飛び降りて線路端へ!

DSC_6993.jpg
うっわああああああああああああああああああああああああ
よりによってコレかいっ(大糞核爆)!?


わんわん哀号
(Photo by Monata Shigyuki)
モナ田シグ之作「わんわん哀号」

これにて「あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!」全12回、終了です。
ご高覧いただいたみなさん、ありがとうございました。
もろちん、今回もオレのわがままに25%くらい付き合ってくれたモナちゃん、ありがとう!
打ち上げのコハダとハモの味は一生わすれま温泉!
(←ハモはこちら コハダの写真はなかった・・・・)
またね♪

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あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!(その11 谷汲駅牧場× 慕情の巻)  


ようやくたどり着いた終点谷汲のホーム先端から岐阜市内方を眺めて、旅の最後をしめくくります。

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ヘロい線路はなぜココロに響くのでしょうか?

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岐阜市内へ向かって、1台、電車が出て行きます。

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数十分後、岐阜市内からまた1台、電車が谷汲にたどりつきました。

RIMG0250_2017121812471861c.jpg
ホーム先端から駅舎の方へ振り向きます。

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いいですぬ~~!

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ヤフオクで安く仕入れたモ510が白パンティ塗りでないことをココロから悔やみます(大糞核爆)・・・・
(つづく(大糞核爆))

あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!(その10 ついに最終コーナー!谷汲駅へ!の巻)  

12/20朝さらに追記
昨日の朝、なんとかご指摘を反映させていただいてから、ふたたびMJさんからご連絡をいただきました。
修正についてのお労いです。
ほんとうにていねいな方です。ありがとうございます。
そして、「お茶所さん」についての詳細な記述もいただきました。
その全文はかくしコメでいただいたことから公開を控えさせていただきますが、
「お茶所さん」の記述を何度もよく読むと、オレの「長瀬茶所駅」の場所がやっぱり間違えていることに気づかされる、というたいへんお気を使っていただいている書き方でした。
そう、モナ田やみかんちゃんなら間違うとるやないか糞野郎、と一蹴するところを
「指摘」ではなく、詳細に記述することで気づかせていただいたワケであります。

・・・・というワケで今朝も大改修がやっと完了しました(大糞核爆)!

いただいた記述を元にしたお茶所さんの説明もちょっと書きました。
ぜひ、再度、最後までごゆっくりおたのしみください(大糞核爆)。
そしてMJさま、本当にありがとうございました!

12/19朝追記
実は、隠しコメでたいへんていねいなご指摘を受けました。
これまで「赤石」としていたところが実は長瀬駅。「北野畑」としていたところが赤石でした。
前回同様、ひとつ駅が狂ったのです。
でもって、その後もおかしなことになり、一晩調査の結果、長瀬茶所駅の場所も特定できました。←ウソです
MJさん、ほんとうにありがとうございました!
必死で改修しました。画像の変更、追加のほか本文にも追記があります。
なにとぞご寛容の上、ご高覧ください。

*この記事にもたくさんの間違いがあるようです・・・・
改変には大変時間がかかる模様です・・・
ともかく見ないようにしてください(大糞核爆)、、、、


地図1
スライド1
見飽きたこの地図ですが、コレで見納めです。

地図4
スライド4
こちらもコレで見納め。
いよいよ、谷汲線の最北端、Jブロックのご紹介です!

Jブロック
地図71,72
スライド71
地図4、Jブロックを拡大したものです。
上の衛生画像をじーっと30秒見つめてください。

スライド1
こんなふうに廃線跡が浮かび上がった貴兄は変態です(大糞核爆)!

前回の八王子坂から、左側に迫る山を避け、根尾川に沿ってくねりながら進んできた電車は突如その視界が開けます。

J1
地図73,74

スライド73
スライド74d
Jブロックの地図71,72、4つの赤い四角のいちばん右、J1ブロックを拡大したものです。
地図のいちばん下、中央よりやや右寄りで、道路とカーブする谷汲線の線路跡が交差している場所がありまーす。

RIMG0197_20171216133400db6.jpg
コレがソコ!
田圃のあぜ道状に右へ急カーブを描く低い築堤がバッチリ残っています!

RIMG0199_20171216133402871.jpg
さらにこんなものも!

さて、上のJ1ブロックの衛星画像73には黄色い丸が描かれています。
あやしいですぬ~(糞爆)
拡大してみましょう!

地図75,76
スライド75
ああっ!
古代インカ帝国に宇宙人が描いたおまんこマークでしょうかっ!?


いえいえ!
スライド76
もろちん、コレが長瀬駅の島式ホームの跡!
・・・と思いきや、長瀬駅、すくなくとも末期においては島式の交換駅ではなかったみたいです、、、
衛星写真からはおまんこ型の島式ホームにしか見えないのだけどなー。
・・・・と考えていたら、この記事へのご指摘をいただいたMJ氏から、かつては島式の交換駅だったと教えていただきました。
重ね重ねお礼申し上げます。
棒線だけになっていた駅を撤去したらそれ以前の遺跡が現れ、いまなお残っている、そういうことでしょうか。

そこでさっそく現場へ急行してみました!
RIMG0202_20171216133405111.jpg
草が禿げてるところがホーム跡。廃止後10数年経ってもホーム跡には草が生えないのでしょうか?

RIMG0203_201712161334064ef.jpg
こんな感じで電車は止まっていたんでしょうね。

RIMG0200_20171216133401eeb.jpg
もう少し谷汲方へ歩いていきましたが、やはりごらんのように、Y字ポイントの跡、って感じじゃなくて1本の線路の跡しかかくにんできません。

RIMG0201_20171216133403988.jpg
Y字ポイントだったら、対向列車はこんなふうな角度で突っ込んできていたハズです。

J2
地図77,78
スライド77
スライド2

長瀬をすぎると、電車は左に大きくカーブし、ほぼ西へ向かいます。
なお、赤石駅のすぐ右側の「岡部ヤナ」の「ヤナ」とは川につくった簗場で獲った鮎などを食わせるお食事処。
「モナ」では有馬温泉・・・・

ここで追加地図です。
地図追加1
スライド1
上の地図77に黄色と赤の丸を描きました。
赤い丸はもろちん、長瀬駅。
黄色のところを拡大してみましょう。

地図追加2
スライド2
線路跡の南側に沿う、サイクリングロードが長さ30mくらいにわたってほんの少しさらに南にずれているのがおわかりでしょうか?
そう、ココが長瀬茶所駅跡!では有馬温泉(大糞核爆)!
(ほななんやねん、についてはつづきをお読みください)
だから・・・・

J3
地図79,80
スライド79
スライド80

長瀬駅と長瀬茶所駅の短い駅間中、
ここで県道と線路はほんの浅い角度で交差します。

この地図もキャプション前半もまるっきりのデタラメでした(大糞核爆)!
ホントは・・・・
スライド80d
こんなトコに駅は有馬温泉・・・・・

な、なんとコレもウソ(大糞核爆)!

さっきの地図79に落書きしたものをもう一度ごらんください!
スライド3
コレです。
黄色い丸の真ん中に、四角い更地があるのが見えます。
ココが「お茶所さん」と呼ばれた正受寺の跡地なんだそう。
お寺がなくなる、しかも更地がきれいに残っていることからそんな昔の話ではないのはなんだかヘンな感じがします。

そして、線路跡の南側に沿うサイクリングロードですが、本来なら黄色の点線矢印のようにまっすぐ進みたいところがカクっと南へ曲がっていますね・・・・・

そう!
スライド4
ココこそがホントの長瀬茶所駅跡なのであーる!

長瀬茶所駅は「お茶所さん」への参詣に便利なように、その目の前に作られた、とのこと。
二転三転してナニがなんだかよくわからなくなってきたことを重ねてお詫びいたします。
じゃあ、さっきの長瀬駅からすぐのサイクリングロードのでっぱりは?
それはわかりま温泉(大糞核爆)・・・・

RIMG0206_2017121613340984a.jpg
その先の道路と線路が交差する地点はこんな感じ。
スグそこが長瀬茶所駅だったようですが、この駅は昭和33年には廃止になっていてどうやら跡形もなさそうです。

これももろちん大糞× ウソ!

RIMG0207_20171216133410e07.jpg
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RIMG0210_20171216133413c04.jpg
RIMG0211_20171216133415774.jpg
その後、線路跡は県道の右手、やや高いところにずっと残っておりました。この区間のどこかに結城駅があったはずです。

J4
地図81.82
スライド81
スライド82
いよいよ終点谷汲です。


RIMG0213_20171216133416938.jpg
谷汲駅につきました。
正面の立派なのは「昆虫館」だそうです。
右手のこじんまりした赤いのが谷汲駅。
ずいぶん新しい感じですが、当時も駅舎として存在したのでしょうか?
それにしても宝塚ファミリーランドのむかしからの
電車といえば昆虫って図式っていまも成り立つのでしょうか?

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こちらが谷汲駅舎。

RIMG0215_20171216133419996.jpg
谷汲駅の改札口。

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10段ほど下がったところに、ホームが保存されていました。

RIMG0274_201712172138190bf.jpg
むちゃくちゃ読みにくいですが、駅舎の一角には「赤い電車ま~けっと」もありまーす。

RIMG0275_2017121721381999c.jpg
やりほうだい、だそうです(大糞核爆)・・・・
(つづく(糞爆))

あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!(その9 いよいよ谷汲線へ!の巻)  

*12/16 名古屋鉄道大学(略称名大)600V学部長 大みかん教授のご指摘で大幅に改編しました・・・・

わすれたころにやってくるのは災害・・・・

あと、NHKの集金と・・・・
そう、
廃線ヲタのページです!

まあ、どれもこれも「災害」にひとくくりにできそうですが・・・・・・

地図1
スライド1
まずは例によって、揖斐線、谷汲線の全貌地図。

地図4
スライド4
地図1の「北ブロック」を拡大しました。
この地図、一番下に「黒野」駅がみえます。
ここで揖斐線と谷汲線が分岐するのは以前ご紹介のとおり。
(←黒野)
今回からは、Eブロック→Gブロック→Hブロック→Iブロックと、上方に分岐する谷汲線に進んでみよまい!

Eブロック
地図58-1,58-2
スライド58-2
スライド58-1
黒野のおさらいです。
このように谷汲線は揖斐線と分岐!

Gブロック
地図59,60
スライド59
スライド60
このあたりは案外市街地で、しかも谷汲線は2001年の廃止後16年経過しており、衛星画像でも少し線路跡がわかりにくくなっています。

Hブロック
地図61.62
スライド61
スライド62b
さらに北方に向かいます。

地図63,64
スライド63
スライド64b
地図62、H1と書かれた赤い四角で囲んだ更地駅付近を拡大しました。
で?
写真は?
死にそうに暑いうえ、岐阜市内を発射して5時間近くやってすでにヘラヘラ、さらに線路跡が道路から離れているとあってはめんどっちくて線路までいけま温泉!

Iブロック
地図65,66
スライド65
スライド66b
いよいよ山岳部に突入です。
左には山、右手からは揖斐川に合流する根尾川が迫ってきて、川の蛇行に沿うように道路も電車もくねってたハズなんですが、実はこのあたり、事前に見ていた衛星画像ではまったく線路跡が見えません。
(上のほうの地図4ではよくわからん部分を点線で書いてアリマス)
もしかしたらトンネルでまっすぐ突っ切っていたのか?

地図67,68
スライド67
スライド68
Iブロックの地図下の方の赤い四角、I1の拡大図です。

RIMG0170_201712111613170dd.jpg
ついに写真登場(大糞核爆)!
地図中央やや下の踏切跡です!

RIMG0171_201712111613199a0.jpg
RIMG0172_20171211161319ec6.jpg
その後も道路左手に平行して谷汲線跡がキレイに残ってます。


地図69,70
スライド69
スライド70b (2)
いよいよ今回のハイライト、地図66のふたつの赤い四角のうち、上のほうのI2の拡大図です!
赤い点線の丸の部分の先で大きく右カーブして山岳線に入っていきます。
衛星画像で線路跡がかくにんできなくなるのもちょうどこのあたり!

RIMG0173_20171211161321784.jpg
赤い丸のところに立って、岐阜方を振り返ったところ。
きちんと築堤が残り、左手前には踏切の跡でしょうか、あきらかに鉄道構造物の名残が散在したおります!
いや、なんと、大みかんちゃんの指摘で駅を再研究したところ、ちょうどここが「八王子坂」駅の跡地にあたりそうなのであります!
八王子坂駅はなんと1969年に廃止になっているのでコレはもっと調べるべきだった・・・・

RIMG0174_20171211161322207.jpg
谷汲を目指す電車はこんな感じで進んできたはずです。
いやちがう、八王子坂駅に停車中の電車はこんな感じだったかも!

RIMG0175_20171211161324b43.jpg
同じ場所で、今度は終点谷汲方を見たところ。
このカーブで風景がまったく変わることがわかります。

RIMG0176_20171211161325411.jpg
谷汲行きの電車が走り去っていきましたー。
パンタグラフが壊れてきました(糞爆)。

その先、衛生画像で線路跡が途絶えるところまで歩いてみます。
RIMG0177_201712111613265b8.jpg
ああっ!
ガードレールの左側、砂利が電車の鉄粉で茶色くなっているところが線路跡。
見事に山の木が覆いかぶさっています・・・・・

RIMG0178_20171215111716b0e.jpg
その先は道路の左側に線路跡が残っていたり・・・・

RIMG0179_20171215111716a32.jpg
RIMG0180_20171215111717750.jpg
道路の拡幅で線路跡がなくなってたり・・・

RIMG0182_20171215111718552.jpg
また線路跡が復活したりしながら根尾川に沿ってくねっていくのでした。
(つづく)

あこがれのモナ田号で逝く!名鉄揖斐線・谷汲線廃線跡をトレース!(その8 黒野から本揖斐への巻)  

地図1
スライド1
モナ田といっしょにイク、岐阜から本揖斐、谷汲への名鉄揖斐線、谷汲線跡をトレースする旅はいよいよ!

地図4
スライド4
北ブロックへキタ!
今夜は黒野で谷汲線と別れた揖斐線の最終コーナー、黒野から本揖斐をご紹介しましょう!

その前に、前回の黒野編にお寄せいただいたたくさんのコメントから2つご紹介しましょう!
(←黒野駅レールパーク)

名前:Cedar
タイトル:黒野の鉄橋だ!
********************
うえ~ん!!懐かしすぎます。
直通急行運行開始の夏に、ここで清流に足つけながら撮影したのを思い出します。
http://cedarben.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_28d/cedarben/s43E5B290E9989C15-8382c.JPG
********************

うらやましいですぬー!

そして

名前:みかん
********************
うえ~~ん ????
貴重な遺構が蹂躙されまくっていて悲しい限りですが、更地にされるよりマシ35更地にされるよりマシ49・・・(自己暗示)
そう言えば、谷汲線に更地という駅がありました(先走り人)
********************

サキバシリ腺液飛ばすな(大糞核爆)!

では先ほどの地図4、揖斐線の最終コーナーEブロックとFブロックです!

地図58-1・58-2(Eブロック)
スライド58-2
スライド58-1

RIMG0162_20171101064835b83.jpg
この区間、拡大地図もなければ写真もコレ1枚しか有馬温泉・・・・
きっと黒野で疲れ果てたんだと思います。


地図47・48(Fブロック)
スライド47
スライド48
揖斐線の最終ブロック、Fブロックには3つの見所がありまーす!

地図49・50(F1ブロック)
スライド49
スライド50
清水小学校の校庭にへばりついて、衛星写真には清水駅跡がみえまーす

地図51・52(F2ブロック)
スライド51
スライド52
黄色で示された幹線道路と揖斐線が擦り寄るあたりに八丈岩駅跡がみえるでしょうか?

いよいよ本揖斐駅です。
い?
清水も八丈岩も写真はないのか?
有馬温泉!

地図53・54(F3ブロック)
スライド53
スライド54
地図左上、西濃建設(株)あたりにご注目ください。
拡大します。

地図55・56(本揖斐駅跡)
スライド55
スライド56
そう、西濃建設(株)やトミダヤ揖斐川店の前に広がる駐車場、コレが本揖斐駅跡だ!


RIMG0163_20171101064837aa9.jpg
黒野方から終端方向を見た、本揖斐駅跡の全景。
右手の白い建物がトミダヤ揖斐川店。
正面にちょっとプラットホーム上屋風の木造が見えていますが、コレはバスの待合所として、廃線後できたものっぽい。

RIMG0165_2017110106483724e.jpg
こうゆう感じですぬー

RIMG0166_20171101064838504.jpg
線路の終端のまだ先に、こんなおそろしいコンクリートの構造物が!
もろちん、公衆便所です。
学生時代、公衆便所というあだ名の女の子がいました(大糞核爆)。

RIMG0167_20171101064840ab1.jpg
公衆便所のまださらに先から振り返ってみます。
右手が公衆便所。
その先に広がる駐車場が駅構内。

RIMG0168_20171101064841512.jpg
たくさんの赤い電車が並んで発射を待っている姿が見えるでしょうか?
見えません(大糞核爆)。

きのうの夕方、予想通りの方から予想通りのお問い合わせコメントが届きました。

名前:シグ鉄
タイトル:で
********************
学生時代、その公衆便所では致したのきゃ?

********************