増毛通信(11)第2回鉄犬デハデハ主義コンペ(略称TDSコンペ)【お電車デザイン】みんな忘れてしまった(大糞核爆)!【京阪神の計画線・線・未成線の増毛×妄想電車】  

大きいのもアリマス(大糞核爆)!

ひ?!

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ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい~~
(←小さいの)

コレは東武1700系の大きいのでは有馬温泉!
そう、みんな忘れてしまった第2デハデハコンペのアレでガス!

それではまず、いきなりここで第2デハデハの参加状況を見てみましょう!
第2デハデハエントリー表4
うーん
モナ田さんの303系を作ってくれてるプラキチちゃんと抹茶ちゃんの阪急2400を作ってくれてるNYANKOちゃんからの便りも絶え果て、ねえやは15で嫁に・・・・
頼りのクラーケン大佐も、年明けからは山陽鉄道方面に・・・・
(→山陽鉄道方面のクラーケン大佐)


そんななか、本日、メールが!


屋根は外せるから、とりあえずスエード調塗料で下塗り。
当時の阪神の標識灯は急行が白、特急が紫だったそうなんで、その切り替えや連結側の消灯で床下にスイッチ3個付けるハメになりました。

そう、健太郎T氏でアリマス!
写真
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うわああああああああああああああああああああああああああああああ
毎度のコトながらものスゴイキレイなもんがデキとるうううううううううう~~


ソレはそうと、ホンマに他の方々、ドコいってしまったんデショー?
ぜひ、進捗状況をお聞かせください~~

日曜日ももうスグ終わり。
あしたからのウイークデーもモケー作ろうぜ!
チャオ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オマエのきっちゃない大きいホウはドライ納豆ねん~~~!?


はい・・・・
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屋根が破れました(大糞核爆)!

破れた箇所は結局、4、5ヶ所(大糞核爆)・・・・
あっちこっちに心中棒を突っ込んでパンダしてはヤスり・・・・・

それでも!
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ライトケースの穴

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ソレを埋める心中板を切り出して曲げて(右下の分。あとのふたつは短すぎた床板の延長パーツ(糞爆))

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一旦、キレイにハコができました!

さて、ここからが問題です。
雨樋をパンダしなくてはいけません。
でも、雨樋をパンダするあたりはさきほどのように屋根が盛大に破れてます・・・・
雨樋をパンダしようと熱を加えると、
全体が崩落しそうでありまーす!

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まずは位置キメ用のマスキングテープを貼って、心中帯材を点止め。

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流します!
奇跡的に屋根の崩落は免れました!

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マスキングテープをはがして・・・

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キサゲて、雨樋完了!

続いてディテールです!
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パンダ部に穴をいっぱい開け・・・・

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テキトーに配管(糞爆)。
ぴんぴん飛び出てるヤツはあとでヒューズ箱やパンダを取り付けてから結線します。

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帯材の組み合わせでランボーさんも作っておきました。

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いえ、すべての工作が不得意ですが(糞爆)、中でももっとも不得意な車番の貼り付け。
まずは張るトコにパンダメッキ。

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オレとしては奇跡的・・・・


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ヘッドライトや標識カケはエムエムモデルの京阪用ロストパーツ!
この糞モケーになんとゆうゼイタク!

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連結面にも手すりを!
コレにてパンダ漬け完了!
キサゲます!

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キサゲました!

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おでこの車番は、車体を股の間にはさんでヤリました(大糞核爆)!

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一応、キサゲたつもりですが、マジ、キチャないですね・・・・・

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少々歪んでたってかまうものか(大糞核爆)!

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社紋は京阪のヤツ!

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連結面も一応完了のつもり!

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ランボーさんもつきました!

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運転席の壁用のネコもパンダしておきました!

コレにて車体完了!
あー 毎週土日、引きこもってこんなん作ってて人生、大丈夫なのか!?
さあ、今週もモケー作ろうぜい!
チャオ!

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増毛通信(10)第2回鉄犬デハデハ主義コンペ(略称TDSコンペ)【お電車デザイン】ホンマに忘れた(大糞核爆)!?【京阪神の計画線・線・未成線の増毛×妄想電車】  

さて、正月だーデハモハまらコンペ第2弾は
みんな忘れた第2デハデハだー(大糞核爆)!


まずはモナ田さんの大阪北環状線303ケーと抹茶坊主さんの阪急2400系を作るNYANKOちゃんだ~~!

2編成分のドアだー

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阪急だー

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北環状線だー

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ひ?

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ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい~!


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得意のプラ板台車4枚重ねだー

どっちも連接車でよかったですね♪

続いて!
写真 1
健太郎Tから阪神電車、新京阪乗り入れ用2861形のランボーさん工作の画像が届きました!

もろちん!
写真 2
レイジージャック製、851形用ランボーさんだ!

写真 1
レイルロード製樹脂屋根に無数の穴を開けて!

写真 2
とりつけ官僚×!

実はこのランボーさん、オレの手元にも届いてます。
そう、あの第3モハモハ用851形に使ってね、というおココロ遣いで、あの日阪急六甲でいただいたのですが・・・・
この板一枚一枚がきちんとエッチングされた超細密ランボーさん、ベースの車体がこのレベルでないと生きてこないような気もします・・・・
←年末の阪急六甲

もろちん、オレはやるよー!
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まずは床板、アングル材のバラバラ化!

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縮めた床板をパーンダ!

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ひ?
コレハナンデスカ!?
そう、オレのP-7、名古屋方クハは増備車の高運仕様だった野田阪神!

駄菓子、
コシに降りたヘッドライトはいやなので、まずは伊豆急高運前面にライトケースをパンダ!
そして4灯が装備される穴に2mmの心中暴を差し込む!
長くないとチカラが入らんので長いままぶっさして・・・・

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1本ずつパンダしては切り、パンダしては切り、パンダしては切り、パンダしては切り!

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こんな感じで・・・・

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ヤスったらコシのライト跡は見えなくなるか、な?


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続いて車体にアングルもパーンダ!

そして!
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まず、顔と切り落とした首をパーンダ。

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こんな感じ。

そして
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アタマを車体にパンダ!

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うおー!
ついにハコになりましたー!

駄菓子!
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車体と屋根の間はこんなスキマがっ!
そりゃそうですよ、切り落としたラインをまっすぐにヤスリにヤスリましたので・・・・

そこで!
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コレまたゼリーちゃんのアイデアで、スキマを1mm心中線で埋める!

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いまここ!

それではココで、エントリー表を確認しておきましょう!
第2デハデハエントリー表4
うーん・・・・

参加者の野郎ども!
マジで忘れてないカーああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼~!?



増毛通信(9)第2回鉄犬デハデハ主義コンペ(略称TDSコンペ)【お電車デザイン】わすれてないやろな!?【京阪神の計画線・線・未成線の増毛×妄想電車】  

Phase1、デザイン編の発表以来、ナリを潜めたデハデハコンペ!
みんなー!
忘れてもうたんちゃうやろかー!?


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オレも忘れたままでした(大糞核爆)!

そんな中、唯一奮戦中なのが!
ニャンコちゃんとプラキチちゃん!
それぞれ、抹茶坊主さんの阪急2400系、モナ田さんの国鉄303系をプラ板でフル自殺していただいております!
でも実はニャンコちゃんもプラキチちゃんも同じ人です(大糞核爆)

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阪急2400のケガキですねー
連接車だから短いです!

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こちらは国鉄303系!
こちらも連接車!
原作は長すぎてありえへん、とクレームが付き、急遽さらに短くなりましたー。上が原作状態ですね。


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編成表です。
いい加減だったモナ田さんのスケッチが、現実的な編成になっております!

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阪急の顔!
え~かんじです。

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阪急+国鉄のドア。
どちらも両開きの長大編成!
ドアだけでもこんな苦労が!

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ああっ!?
コレは!?


いい加減な自由形にイヤケがさしたか(大糞核爆)!?

進行しているみなさん、ぜひ、たまにはご連絡を!
それともやっぱり・・・・
忘れてしもたんカーあああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼~~!?
ジョー年賀なんか掻いてる場合じゃ有馬温泉!

増毛通信(8)第2回鉄犬デハデハ主義コンペ(略称TDSコンペ)【お電車デザイン】ついに発表!Phase1デザイン編の優勝者は!?【京阪神の計画線・線・未成線の増毛×妄想電車】  

蒸し暑かったり、雨が降ったり、いま、東京は強風中。
うららかとはいえませんが三連休中日の宵、いかがおすごしでしょうか?
さて、わが第2デハデハコンペでは!
ついに結果がでましたぁ(おまるこ大爆発)~!

おたのしみいただいてきた鉄犬デハデハコンペ第2弾(第2モハモハ)【京阪神の計画線・未成線の増毛×妄想電車】
Phase1デザイン編は先週の土曜日投票を開始、
先週水曜日に締め切りました。
(←全作品と投票)
本日は性器× 世紀の大結果大発表だ!

それでは、張り切ってまいりましょう!

まずはエントリー作品リストのおさらいです。

第2デハデハエントリー表3
17名19作品のカレー× 華麗なエントリー!
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪

それでは今回もいきなりですが、恒例となりました第1位の発表です!
なんと第1位が4名もいらっしゃいます!


1500形
2000形
第1位! みかん寛さん 神戸市営高架鉄道 1500形/2000形

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第1位! ひかり7号さん 京阪梅田線 1500形

01-京阪神急行 1800系 1800 ( Mc )
第1位! アルプスのオッサンHi-Zさん 阪急山科支線 1800系

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第1位! ルル惨状さん 尼崎市電 250形

第1位のみなさんの得票数はゼロ(大糞核爆)!
すなわち、上から数えると全員16位、ということに・・・・・・・
うーん、残念!

みかん寛さんの神戸市営高架鉄道は現実にあった計画を基に膨らませた妄想で、特にあの美しい市電を魔改造したという設定の1500形のダサさがものすごく面白かった!
得票こそゼロですが、この作品はあの、「早いだけ」モデラー、悶電へぼっちが製造を担当することが決定!
3日でできる神戸市電に期待してます!

ひかり7号さんの京阪梅田線 1500形も現実にあった計画がベース。
時代考証の結果割り出された、当時の京阪デザインがステキですが、前面だけ捉えた絵が全体像をわかりにくくしたか!?
残念!
KODAMA製1900系を利用するというモケーを楽しみにいたしましょう!

アルプスのオッサンHi-Zさんの阪急山科支線 1800系は阪急京都線の前身、新京阪鉄道が名古屋を目指すルートの一部を史実どおり、阪急が引き継いだらという設定。
おもしろいのに・・・・
図面もスゴかったのに・・・・
自分で一票いれてほしかった(糞爆)・・・・・

そしてルル惨状さんの尼崎市電 250形は古きよき尼崎市バスカラーが懐かしい!今年阪神バスに路線譲渡するなどして消滅した尼崎市バスへのオマージュとして、すばらしいモケーを楽しみにしてます!

以上、16位のみなさんは得票数ゼロなので当然のことながらダレからも選定理由は頂戴しておりま温泉(大糞核爆)・・・・・

続いて12位!
得票数1! こちらも4名いらっしゃいます!

モ150
モ200
また出た!みかん寛さん 奈良交通奈良市内線、月ヶ瀬線 モ150/200形!
数撃ちゃ当たる、ってもんでも有馬温泉!
自業自得(大糞核爆)!
それでも自分でモケーを作るらしいです(おまるこ爆発)!
楽しみにしてましょう!

さて、この作品にはありがたい選定理由コメントをいただいています!

・オレのよりおもろいから(黒い笑いが・・・)

なんじゃそりゃ?
どうもおともだちからの一票だったようです(大糞核爆)・・・・・

第12位2人目は・・・・
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抹茶坊主さん 阪急千里線箕面延長用 2400系!

車長短縮で乗務員ドア後方の窓がないことでちょっとだけ後年に登場する2200/6000系のようなプロフィールがステキ。
ボクも3300系ってなんで方向幕片方しかないんやろと思ってる派なので前面デザインも好き!
でも、1票(糞爆)・・・・
でも、本作品はあの、NYANKOちゃんが製造を担当してくれることが決定!
Phase2モケー決戦がたのしみです!

第12位3人目は!
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雪うさぎちゃん 尼宝電鉄 2500/2600形

うー
がんばってんけどなー!
東大受験は東京大学ではなく、東京急行大学を目指そう!
なお、この作品は現在、モケー製作者を募集中!ぜひ、どなたかエントリーを!


第12位、4人目は!?
奈良電550型_ポンチ絵
まぢにゃんさん 奈良電 550形!

今回は前回のモハモハのときのような奇跡は起こりませんでした・・・・・
でも、まぢにゃんさんの作品にも、ありがたいコメントが寄せられています!

・やっぱりワシのヤツやな〜!
(でも、2作品選べると嬉しいですね。)


結局、自分で入れた1票だけのようです(大糞核爆)・・・・・

続いて10位! 得票数2票!2名いらっしゃいます!
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まずはゼンジー北京さん、 阪神=新京阪=名古屋急行乗入線 名急1000形!

清水健太郎Tさんの阪神電車、オレの新京阪、そしてこの名急が揃えば
幻の名古屋=神戸間計画をコンプリート!
ありがたい作品、しかも名鉄資本という計画にはなかった妄想もおもしろい!

駄菓子、2票(糞爆)・・・・
もうちょっと上位を狙えた作品だと思います。

この作品にもありがたいコメントをいただいております。

・古き良き時代の名鉄電車の雰囲気が個人的にツボでした。

そのとおりですね~!

そして10位、2作品目は!?
明石鉄道11号1200
クラーケン大佐さん、 明石鉄道+神有電鉄買収非電化化 明石鉄道11号機!

これね。蒸機の神様、クラーケン大佐の大作品!
すでに大佐のブログでは製造開始!
お電車ブログにはもったいない高級作品!
モケーの完成がものすごく楽しみであります!
(→クラーケン大佐 現在、本作品を絶賛製造中!)

さすがは高級作品。
高級コメントも頂戴しております!

・神有電鉄が非電化で建設されていれば、六甲山でもスイスのレーティッシュバーンの非電化時代のような情景が展開されていたかもしれないですね。鉄道省の有馬線は、マレー4500形も入線していたようですし、急勾配・急曲線を蒸機列車が上り下りすることになっていたと思います。

かなりふざけた世界からお届けしました(大糞核爆)!

さていよいよこのあとは一桁順位の入賞作品です!
まずは7位! 3票獲得は3作品アリマス!
まず、1作品目!

10000系
3500系
みかん寛さん、 山陽電鉄瀬戸内本線有料特急車 3500系/10000系!
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


なんと3票いただいた全員からあたたかいコメントが!

・せとうち号がとても格好良く見えました。
できることなら乗りたい、撮りたい。
もしも線路を走ってきたら近くで遊んでいる子供たちもみんなで走って追っかけると思います。

・近鉄特急と国鉄特急型気道車を足して割ったような
デザインがいいですねぇ
山陽電車ならばもう少し川崎重工製っぽいデザインになれば
素晴らしいです

・地元を走る路線です。 使い勝手の良さそうな設定に惹かれました。 


いやー、イイコメントばかりですねー!
この作品は現在、モケー製作者を募集中!みなさんのエントリーをお待ちします!

7位、2作品目は・・・・・
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当コンペ初参加のモナ田シグ之さん、 国鉄大阪北環状線 303系
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪

本作品もなんとあのプラキチさんが製造を担当することが決定!
すでに、プラキチさんからは前面の一方に寄ったドアでどないして基本編成と増結編成の間を通り抜けさせんねんとか
連接車やのに中間車がこんな長かったら軸重オーバーやろがっ!?
といった辛辣な質疑によるモナ田さんへの攻め立てが開始されています!

モナ田さんの作品にも3票全員からのコメントが!

・単純に妄想力を促進させてもらえたから。
ウイニーちゃんにあんよが生えてるイラストには色んな意味で説得力あり。

・すごい現実的なトコロが案外スキです(爆)

・自ブログ用にと考えていた長文を、思い切りコンパクトにまとめたため、文章が雑になってしまいました。
不本意ながら自爆します。"


いちばん上のコメントは文体からおともだちのドMちゃんからのものと思われます(核爆)。
2番目のコメントには(爆)がついてるし、
最後のコメントはようするにご自身で書いたコメントですね(大糞核爆)!
おつかれさまです(糞爆)!

そして7位、3作品目は!?
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福田フチヲさん、 阪急伊丹線宝塚延伸線 640形!
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪

こちらにも2つコメントが!

・実現可能であった(ハズ)やし~

・もしあったら便利!


文体からひとつめのコメントはご自身ですね(核爆)。
おつかれさまです(大糞核爆)。
2番目は伊丹から宝塚の間にお住まいの方かお勤め先のある方でしょうか?
そうだとすればアイツかアイツやな(大糞核爆)!


続いて6位!得票数4!
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清水健太郎T 阪神=新京阪=名古屋急行乗入線 阪神2861形
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


阪神の小型車、目医者× 名車861形が新京阪規格に膨れ上がったらどないなことになるか!?
実は先行してモケーを製造しているこの作品が今回のコンペの原案になりました。

この秀作へのコメントはたった1通!しかも!


・揉み手をされたから(^^ゞ


・・・・・・・・


健太郎Tに買収されたのはいったいダレや(大糞核爆)!?



続いて4位!得票数5!2作品アリマス!まずは!
プレゼンテーション1
トニーウィリアムスさん、 阪神電鉄急行線 試作車2001+2002 通称メリケンジェットorジェットグリーン
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


アメリカン・インターアーバンファンのトニーさんらしく、ジェットカーがアメリカそのものだったらという奇想天外な作品ですが
実際も阪神電車はアメリカのインターアーバンに色濃く影響を受けて創立されたことを考えるとあながち奇想天外ともいえないかもしれま温泉!
さて、
いただいたコメントは!?

・アメリカンが走るならヤッパ阪神でしょ!と、自画自賛でスミマセン

・ドラムはトニー!ダニー・リッチモンドも好きですが。
ピアノはジャキ・バイアード!(大西順子も)。
キース・ジャレット&エマーソンも好きですが。
(おまる瀧汗)。


上のコメントはご自身の1票!
そして下のコメントは!
カワイちゃん、意味不明やないカーああああああああああああああああああああ嗚呼~~(大糞核爆)!


4位、2作品目は!?
スライド13
スライド14
尼セン八郎さん、 阪神海岸線 3311形
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪

これは性器× 世紀の問題作!
清水さんの2861が小型車861を大型化したのに対し、こちらは後年の大型車を小型化!
しかもすばらしいのはその発想とデザインだけでは有馬温泉!
みてください、このパワーポイントによるすばらしいプレゼンテーション!
超力作であります!

この極悪作品へのコメントは!

・模型を作ってみたくなるデザインですわ~

・拡張高いプレゼン。Track Map が決め手
です。

・現実にあったとしてもおかしくないと思いました。。前回は、軽い応援のつもりが・・・、ごめんなさい。


最初のコメントは清水健太郎Tさんでしょうか!?
もしかしたら本作品のモケー化は2作競作に!!?
最後のコメントの「前回は」はなんのことでしょうか(おまるこ爆発)?!



さて、いよいよ第3位!得票数6!
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ハービーワンコックさん、 阪神=新京阪=名古屋急行乗入線 新京阪1000系(P-7) 
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


まあ、アレですね(糞爆)・・・・

そしてコメントは!

・オレのんだから(糞爆)
・名古屋近郊在住なので。
・実現していたら(滋賀県内までかもしれないが)走っていたと思います。


ご自身のコメントはまあ、アホを暴露してるだけですが、それでもたいへんあたたかいコメントも2通もいただいております!
ありがとう!


そして第2位! 得票数7!
TAKO02_201610060736034d2.jpg
PE201_20161006073601965.jpg
ヌッキーナEさん、 太平洋急行電鉄(本道四国連絡電鉄) たこフェリー・201形
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


きましたねー、フェリーですよ!
フェリーはフェリーでもたこフェリー!
すばらしい図面、すばらしい発想!コレは最初から上位入賞確実でしたね!

いただいたコメントもこんなたこです!

・明石と言えばたこフェリー!!!

・梅田ー高松直通。電車に乗ったまま海を渡る...。
某懇親会で、その壮大な構想を直接伺いました。"

・意表を突くたこフェリーが気に入りました。


おめでとうございました!


そして、いよいよ、ホンマの1位は? 得票数8!
阪急1000改造
ジャックゼリー午前0時さん 近鉄北大阪線 阪急1000形改!
ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪ヽ(*´∀`)ノパフパフ♪


いやー、この作品が送付されたときにはこのプレゼンを見て、ぶったおれそうになりました。
かっこいい!
たった4両しか製造されなかった阪急1000形を題材に、近鉄特急のエッセンスを加えながらここまで現実的かつ美しい電車を創造する。
さすがであります!

いただいたコメントは以下の3つ

・自分のに入れておきます。

・元ネタが同じなので

・大好きな阪急1000がもっと好きになりそうなデザイン!


元ネタが同じ、ってことはあなたもしかしてまぢにゃんちゃん?
自分で自分にも入れてたやんけー!
不正投票きゃ(大糞核爆)!?


それでは最後に得票数グラフです。
プレゼンテーション1

前回の第2モハモハでは69いただいた投票数でしたが
今回も滑り出しはゼッ不調だったものの、最終的には52もの投票をいただきました。
モケー投票の際は3つ選べますが、デザイン投票はきちんとご覧いただいて1票に限らせていただいたので
得票数は少ない。
だから接戦でした。
最多の1位でも8票。その後、1票刻みでしたのでリアルタイム投票公表では最後手に汗を握りました!

投票いただいたみなさん、ありがとうございました。
そしてもちろん、スラバヤしいプレゼンをヒマにまかせてお作りいただいた参加者のみなさん、本当にありがとうございました!
これで第2デハデハPhase1デザイン編はすべて完了ですが、
このあとはすでに公表しているとおり、Phase2モケー編へと移行します!
そう、ここでデッチ揚げた妄想をいよいよモケー化!
最終決定戦は以上発表したデザイン点にモケー点を加算した総合得点で競われます!
モケー化の結果、および最終決定戦は来年2017年8月頃を予定しています!
もちろん各作品のモケー進捗途中経過も随時報告します!

デハデハコンペはいよいよ架橋× 華僑××、佳境へ!
ぜひ、おたのしみに(ダレか?)!チャオ!



モケー製作者募集中!
以下の2作品は現在、モケー製作者が決まってません。
オレこそが、この妄想を具現化してやる!とおっしゃってくれる勇者を募集中。
募集終了は来週の土曜日10月15日。
勇者は本記事のコメント欄まで!

モケー製作者募集中の作品
エントリーナンバー4  みかん寛 山陽電鉄瀬戸内本線有料特急車 3500系/10000系
エントリーナンバー16 雪うさぎちゃん 尼宝電鉄 2500/2600形

みかん寛ちゃんへ伝言。
おともだちのバナナ奈々ちゃんは山陽作らへんかのう(大糞核爆)?


ただいま、【特糞最前立腺】ここはドコ?ワタシは?【吠えろ!わんわん!】にてキミの名推理を待ってます!

(←設問を詳しく読む)
(←直接投票所へ!)

増毛通信(7)第2回鉄犬デハデハ主義コンペ(略称TDSコンペ)【お電車デザイン】ついに作品発表!デハデハ投票所もこちらです!【京阪神の計画線・未成線の増毛×妄想電車】  

今週もやってまいりました、週に一度のデハモハ投票日(大糞核爆)!
今週は先週土曜日、9月24日(オレの誕生日(大糞核爆))にエントリーと脳貧を締め切った第2デハデハ【京阪神の計画線・未成線の増毛×妄想電車】 の待ちに待った作品発表&投票です!

まずは、例によってエントリー表の確認から!
第2デハデハエントリー表2

ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい~~!
締め切り期限過ぎてエントリー宣言をおこない、そのまま脳貧を行わなかったまぢにゃんがあがあがあ!

そう、翌日9月25日あわてて脳貧いただきました・・・・
アンケートフォームの仕込みにはなんとか間に合ったのでエントリー完了です。
今度からは迷惑だからやめてくれー(大糞核爆)!

以下にエントリー全作品を紹介します!
さあ、じっくりお読みになって、このスラバやしい作品の数々の中から、アナタが気に入ったモノ1つだけ選び、できればその選定理由もお書き添えください!
デハ、張り切って、どうぞ~~!



投票所入口
↓↓↓↓↓↓↓↓↓


投票はこちらから!

投票結果はリアルタイムで確認できます!
投票結果の確認はこちら!



投票締め切りは10月5日(水)!
そして結果発表は10月9日(日)を予定しています!
*いま、第2モハモハの集計中ですが、思ったより変態× たいへんです・・・
すみませんが集計時間かせぎのため、第2モハモハより2日間投票期間が短くなってますのでご注意を!

このあと、作品のご紹介です。全作品のご紹介後にも投票所入口があります。
*ほとんどの画像はクリックで大きくできます。細部までご覧ください!
*閲覧注意! 各作品はものすごい気合が入っています。最後までちゃんと読むには相当の覚悟が必要です!

エントリーナンバー1
トニーウィリアムス
阪神電鉄急行線
普通用試作車2001+2002<通称=メリケンジェットorジェットグリーン>

アメリカかぶれのインタアーバン好き&関西インタアーバン好きとしては、幻に終わった阪国用PCCに続いて、もしも戦争が無ければ1940~50年代のアメリカ電鉄技術が阪神に導入されていただろう、という妄想とこれも幻になった阪神急行線とが合体してこんな電車を妄想しました。


プレゼンテーション1

下回りはPCCやWHを始めとするアメリカの高性能電車の技術を導入して、インサイドフレームの小径車輪、WNドライブ採用。
スライド1


上回りもBudd社やPCCの車体構造を参考にすべく、実際にBudd社に鋼体製作を依頼した、という想定、ステンレス車体の導入も提案されましたが、経験が無く高抗張力鋼使用の軽量車体になりましたが、ジェットシルバーが後にデビューしたのはご承知の通りです。
スライド2


車体のデザインについては~
側面は後のジェットカーと同寸法の両開き3扉。アメリカ流の低い窓+立ち客用窓(Standee Windowといいます)は日本には馴染まないので、戦前に幕板に明り窓を採用した伝統に合わせてアメリカンデザインを阪神風にアレンジしています。
スライド3


前面はシカゴの地下鉄などを参考に貫通扉をへこませ、そこに幌を埋め込みました、後の阪神顔の走りはこれだったんですね、オデコだけは当時のBudd社お気に入りのデザインになっていて前照灯は貫通扉上に並んでいます。オリジナルデザインはココは方向幕だったのですが、当時の日本では高速電車らしくないという理由で却下したとか・・・


前面と側面のドア窓はオリジナルでは丸窓でした、特に貫通扉は縦2つ並んでますが、これは喫茶店デザインを気に入ったアメリカ側の提案だったとか・・・

スライド4


塗装は急行用、普通用、に分ける構想が当時からあったので、急行線用普通車としてシカゴの塗装を真似たコーラルグリーンの『緑胴車』としました。


とかとか、例によっての与太話です。



エントリーナンバー2
みかん寛
神戸市営高架鉄道
2000形・1500形

●概要
1966年、自動車による路面電車淘汰の時代、専用軌道化による速達性と定時性の確保を目的とし発表された、市電の大部分を高架化する一大プロジェクト。詳細を記した資料が流通していないので、私家版とさせて頂いた。1969年11月に完成し、高架化区間は一斉に切替が行われた。
原則として市電が敷かれていた道路上に高架を建設。路線、停留所とも地上市電を踏襲しながら統廃合により集約され、三宮〜楠公前〜大橋〜長田〜加納町〜三宮の環状線を中心に加納町〜石屋川間の王子線、楠町〜平野間の平野線、大橋〜須磨駅間の須磨浦線、大橋西〜板宿間の板宿線、楠公前〜兵庫駅間の新開地線、三宮〜脇浜町間の国道線から形成される。なお、王子動物園~石屋川など、路線図の細線部分は地上区間である。
高架区間では閉塞が設けられ、信号機と保安装置(ATS)が導入された。高架化に際しては、阪神高速道路の橋脚を間借りし道路の真下に線路を通し、三宮付近では付近のビルや国鉄駅の一部を改築し、高架市電がビルを貫通する等の工夫を要する箇所もあった。しかし、道路に沿ってを走る小型電車であることに変わりは無く、シカゴループを彷彿とさせる急曲線や平面分岐が点在する。
主要駅及び乗換駅には改札を設け、停車時間短縮と乗換の利便性が図られた。
高架開業と同時に、阪神国道線野田までの直通運転を開始し、同線の脇浜町(旧・東神戸)〜西灘間も高架化が行われた。

後の阪神大震災の際には、高架橋の倒壊を含む甚大な被害を受けたが、時代と共に路面電車見直しの機運が高まりつつあり、復旧に際し、一部区間が路面に戻された。


●運行
路線と共に再編が行われ、以下の系統が運行されている。

・1系統
環状線を周回する基幹系統。最大3両、昼間でも2両以上の編成で高頻度運転される。
環状線に乗り入れる他系統との兼ね合いで、大阪環状線東側よろしく区間運転も行う。

・2系統
石屋川〜三宮〜和田岬〜須磨駅を結ぶ主要路線。王子動物園、衣掛町折返も存在する。

・3系統
兵庫駅〜栄町〜三宮〜脇浜町を結び、阪神国道線直通運転を行う。日中はほぼ半数が西灘で折り返す。
基本的に阪神車はこの系統のみで運行。市交車は甲子園線、北大阪線には乗り入れない。

・4系統
兵庫駅〜楠公前〜三宮〜石屋川を結ぶ。入出庫時とラッシュ時に運転。
ダイヤが乱れると稀に阪神車が入る。

・5系統
平野〜長田〜大橋〜板宿を結ぶ、他系統からの乗継を想定したローカル系統。ほぼ単行で運転。
ラッシュ時には平野線内、板宿線内の折返も行われる。

・「入庫」「出庫」系統
石屋川、春日野、鷹取町〜環状線内を結ぶ入出庫専用系統。
出庫の場合は環状線合流時に、入庫の場合は最後の一周が始まる時に系統名が変わる。


●車両
・2000形
高架市電開業に合わせ新造された車両。
駆動方式には中空軸平行カルダン駆動を採用。総括制御を可能とする間接制御車。
モニター屋根にはラインデリアを備える。自動式方向幕を前面と側面に設置。前面方向幕は方向指示器と一体化された。側面には電照式広告枠を持つ。
阪急2000系等の影響を受け一段窓を採用し、優美な曲線を多用した従来の市電とは対照的な直線的なデザインとするなど、地上市電のイメージから脱却する現代的なデザインを目指したが、塗装は伝統の濃淡緑塗装を踏襲した。

・1500形
市電800、900、1000形のうち、経年が浅い車両と状態の良い車両に高架市電向けの魔改造を施した車両。
駆動方式は釣掛のままだが、間接制御化が行われ、2000形との連結が可能。
張上屋根化やシールドビーム化により、東洋一美しい市電が見るも無惨な姿となったが、作者は東急の海坊主などを好む変態のため、割と気に入っている模様。
なお、最新の1100、1150形は高架市電の仕様に合わせた改造が難しかったため、史実通り広島電鉄に原型原色のまま譲渡され、ファンを心底ほっとさせた。

・その他
800形の一部はステップに蓋をするなどの最低限の改造のみで、高架化から10年ほどの間、単行専用の予備車として使われた。
阪神からの乗り入れ車両は1961年に1両が試作され、高架市電乗り入れ決定時に仕様を一部変えて量産された101形、1形車体更新の131形(第1回デハデハコンペ参照)を中心に、71・91・201形も使用され、市電に直通する全車とも保安装置、連結器、ジャンパ栓の取付改造を施した(101形量産車は当初から直通仕様で製造)。

路線図
路線図

完成予想図
2000形
1500形



エントリーナンバー3
みかん寛
近鉄奈良市内線、月ヶ瀬線
モ150形・モ200形

●概要
神戸市電高架化化、山電岡山延伸とは異なり、100%妄想路線。
関西鉄道奈良駅と奈良市街地、郊外を結ぶ馬車鉄道として開業した奈良市街軌道と、同線に接続し奈良周辺の山間部の観光開発を目指して開業した奈良登山鉄道を始祖とする路線網。共に奈良交通に吸収され、一体運営が行われるようになった。

市内線は奈良駅前〜中ノ川を結ぶ春日線と奈良公園〜高円口を結ぶ高円線、上三条町〜青山を結ぶ青山線から成り立つ。
大半が複線だが、春日線般若寺〜中ノ川間のみ単線で、スタフ閉塞が使用されている。
春日線は市内線の中でも最も古く、1903年に奈良駅前〜東大寺間が開業。更に郊外に延ばされ、高円線、青山線も順次開業し、1915年から翌年にかけ、馬車から電車への転換と同時に1372mmから1435mmに改軌。1914年に奈良に到達した大阪電気軌道への直通構想があったためである。
大軌、近鉄の併用軌道があった時代には青山線との平面交差が見られた。

1917年に開業した月ヶ瀬線は急勾配、急曲線の続く本格的な登山鉄道。箱根登山鉄道を手本として各種装備を備えた。市内線の終端、高円口から山添村を経て名張川を渡り、古くからの景勝地である月ヶ瀬梅林へ至る。
観光開発を主目的とした鉄道なので、鉄道と同時に沿線にハイキングコース、展望台、テニスコート、宿泊施設等を整備。自前で温泉を掘って「○○温泉」と名付けた駅や、原生林を勝手に「春日高原」と名付けた駅が存在する。線形がおかしいのは見逃してください(土下座)
一方で月ヶ瀬、山添村の生活路線を兼ね、細々と木材を輸送していたため、戦時中の不要不急線指定をかろうじて回避。

60年代に入ると、古くからの繁華街であるものの狭隘な(史実よりは一応広い)三条通を路面電車が頻繁に行き交うことが問題視され、観光客の自動車への移行等も重なり廃止論も浮上したが、1969年、地下化された近鉄奈良線の軌道跡を一部利用し、奈良駅前〜春日大社入口間で大規模な路線変更が行われ、辛くも廃止論を回避。
現代においては、宅地開発に合わせて青山線の平城山延伸が協議されている一方、春日線般若寺~中ノ川間は減便が進み、赤字廃止も検討されている。


●運行
・月ヶ瀬線
全線30〜60分毎の運転。一部を除き市内線に直通する。
鉄道線用の大型車(当社比)1〜2両で運転されるが、梅が見頃の時期には高円口〜月ヶ瀬温泉間のみ3両に増結される列車がある。
貨物輸送も行っていたが、標準軌故に国鉄との積み替えが面倒なため、1965年に廃止。

・市内線
春日線、高円線、青山線とも奈良駅前から、月ヶ瀬線直通列車と合わせて5〜15分毎に運行される。春日線の般若寺〜中ノ川は日中30分毎となる。
軌道線車両は連結器などを備えておらず、月ヶ瀬線直通列車以外は全て単行で運転される。


●車両
設定上車種が多いので、画像は模型製作予定の2形式を発表させて頂く。
製作宣言した車両に限って簡素なデザインなのではないかとのご指摘もあると思うが、すみませんその通りです16番の車両製作もまともな車両の自作も初めてなんですどうかお許しください(再土下座)

・月ヶ瀬線用
何れも14mの小柄な車体を持ち、旅客車全車が強力なモーターと多重化されたブレーキを持つ電動車である。排障器を兼ねた前面床下の水タンクが特徴。市内線直通時に使用する折畳式ステップを装備する。戦前の塗装はマルーン単色だったが、戦後、月ヶ瀬の梅をイメージした紅白の塗り分けに、名張川をイメージした水色帯を入れた塗装となった。
開業当初は木造車モ1が活躍したが、1932年に半鋼製のモ100が登場。木造車も順次鋼板が張られ、モ120、モ150となった。観光路線を兼ねているため、何れも車内中央部はボックスシート。
1961年には、機器流用ながら、ノーシル・ノーヘッダーの近代的な車体を持つモ200が登場し、鋼体化が完了した。当時台頭しつつあった自動車への対抗意識から転換クロスシートを備える。
貨物用に電気機関車と長物車、有蓋車、無蓋車等を開業時より保有していたが、その多くは貨物輸送廃止により廃車。機関車1両と一部貨車は保線用に残された。

・市内線用
何れも両端に扉を持つロングシート車。戦前は深緑に塗られていたが、同社バス同様の水色、白のツートンにえんじ色帯に変更されている。
電車化時に導入された二軸単車キ1が長らく活躍したが、1927年に半鋼製ボギー車キ50が増備され、戦後はボギー車の本格的投入による木造単車の淘汰が進められた。
なお「キ」は軌道線用車両を意味し、気動車、雪掻車、気違いではない。

路線図
月ヶ瀬線路線図
市内線路線図

完成予想図
モ150
モ200



エントリーナンバー4
みかん寛
山陽電鉄瀬戸内本線有料特急車
10000系・3500系

●概要
戦前より山陽電気鉄道では社名に冠した山陽地方への到達を悲願としていたが、国鉄赤穂線の建設計画と重なるために免許が下りなかった。しかし、戦後のドサクサで山陽網干〜山陽赤穂間の免許を取得(ここまで史実通り)。
史実よりも熱意と資金が豊富だった山陽は相生延伸を経て1959年に赤穂に到達。
同時に兵庫〜飾磨〜山陽赤穂を本線とし、飾磨〜山陽姫路間は姫路線となった。後年、飾磨駅は南姫路に改称された。
1960年代に入りモータリゼーションが進行し、新幹線建設費が国鉄財政を圧迫するようになると、国鉄赤穂線建設を丸投げすべく、国は掌を返し赤穂〜岡山間の免許を山陽に交付。赤穂から西大寺にかけては国鉄赤穂線の計画線に沿って建設が進められ、西大寺から岡山にかけては旧西大寺鉄道に大半が平行する形で1968年、神戸高速線乗り入れと同時に西代〜山陽岡山の山陽電鉄本線が全通。
また、牛窓地区の観光開発にも着手し、邑久から分岐する牛窓線が同時開業。
ちなみに、山陽赤穂〜西大寺間と牛窓線は単線、その他の区間は飾磨~山陽網干も含めて複線とされたが、山陽赤穂〜西大寺間には、優等列車の高速運転のための羽越本線のような一区間のみの複線区間が点在する。

なお、国鉄赤穂線は相生〜播州赤穂のみが開通し、電化はJR化後になった。
また、岡山延伸に先立ち西大寺鉄道を子会社化し地盤を固める。鉄道線は山電本線岡山開通と同時に廃止。西大寺鉄道株式会社は山電子会社の両備バスとなり現在に至る。
ちなみに岡山電気軌道城下電停が山陽岡山駅前に改称された。


●運行
岡山延伸と神戸高速乗り入れに合わせて山陽電鉄初の有料列車が誕生。阪神急行線に乗り入れ、1〜2時間毎に阪神梅田〜山陽岡山を2時間30分前後で結ぶ。既に山電には特急が存在したため、愛称である「せとうち号」が種別を兼ねている。
一方で、阪神大石、阪急六甲から山陽姫路に向かう特急に南姫路で接続する南姫路〜山陽岡山間の特急が概ね1時間毎に運転された。
また、高速神戸〜山陽相生間には急行も設定されている。
なお、普通は、日中は南姫路〜山陽相生間は15分毎、山陽相生〜山陽赤穂は30分毎、山陽赤穂〜西大寺と牛窓線は1時間毎、西大寺〜山陽岡山は20分毎の運転。


●車両
・10000系「せとうち号」専用車
山陽電鉄の新時代の看板車両であると共に、「しおじ」等の国鉄特急と建設が具体化しつつあった山陽新幹線への対抗意識もあり、スピード以外は全て新幹線に勝つとの意気込みで造られた豪華車両。クモハ10000(偶数車)-モハ10000(奇数車)-クハ10500の2M1Tの3両で一編成とし、二編成併結の6両での運転も行われた。
神戸高速鉄道の広いとは言えない車両限界に幅広座席を詰め込み、通路幅が犠牲となり車内販売と筆者の通行が困難となったためクハに売店が設けられた。
神戸高速線乗り入れと分割併合のため前面貫通形とし、踏切事故対策として、高運転台化に加え、尾灯と一体の油圧緩衝器が取り付けられた。ライトケースをアクリルカバーで覆うライト周りのデザインは同世代のスポーツカーのフォグランプにヒントを得た。塗装はレモンイエローとオレンジのツートンカラーを採用。
座席には座席幅450mmの肘掛付多段リクライニングシートを採用し、シートピッチは当時破格の1000mmとし、国鉄481系、181系等に差を付けた。
新幹線岡山延伸後は、「せとうち号」は減便、減車が行われ、邑久で分割しての牛窓海岸への直通運転や、阪神梅田(一部阪神三宮)〜山陽姫路間に新設された「しらさぎ号」にも使用されるようになった。北陸本線や北陸鉄道加南線とは無関係である。

・一般車
一般車両としては、3000系アルミ車と同型の車体を二扉クロスシートとした3500系が10000系と同時期に製造され、阪神大石、阪急六甲~山陽姫路、南姫路~岡山間の特急を中心に活躍した。また、南姫路以西の普通列車に使用する旧型車を捻出するために3000系初期車も史実よりも多く造られた。
なお、相生開業時には850形が、赤穂開業時には2000系二扉クロス車がやはり史実より多く増備された。
大半の旧型車は南姫路以西のローカル運用に回されることで史実より数年〜十数年程度長生きした。

路線図
路線図

完成予想図
10000系
3500系



エントリーナンバー5
健太郎T
阪神=新京阪乗り入れ線
阪神2861形

昭和13年、車両大型化と共に淀川右岸に連絡線を敷設して新京阪と相互乗り入れを計画。
車両は861形を大型化した2861形。車体幅2750mmの18m級です。
1500Vの新京阪に乗り入れるため複電圧仕様です。
当初、Mc-Tc の予定でしたが、Mc-Mc に変更。1500V区間では電気的に直列に繋ぐ方式にしました。両運ですので阪神線内では単車走行できます。

路線図
201405261836564f2s_20160920090234262.jpg
(ハービーワンコック氏のふんどし)

形式図
img06849.jpg
(原画:ジャックゼリー午前0時氏のふんどし)


エントリーナンバー6
ハービーワンコック
阪神=新京阪=名古屋急行乗入線
新京阪デイ1000系(P-7)

昭和13年、新京阪鉄道および阪神電鉄は十三=姫島連絡線を開通させ、阪神三宮=京阪京都間直通特急をあの名車P-6ことデイ100形および阪神2861形で運行していた。
しかし昭和18年、今も昔もかわらぬマヌケな政府は戦況芳しくない理由をなぜか私鉄電車になすりつけ、東京では東急に東京南西部の私鉄を全部統合、「糞東急」と呼ばしめ、同じ手法で関西では阪神急行と京阪を統合させるという愚策を思いつく。
すでに名古屋直通を目論み、すでにその工事の大半を終えていた名古屋急行電鉄を傘下に持つおけいはん、ナニ抜かしてケツかんねん、と即座に政府を追い返し、同年秋には戦時にもかかわらず名古屋急行を華々しく開業。
当初6連固定編成で大阪=名古屋を最速で結び、都市間輸送に貢献するハズが、結局、時期悪く、2両、多くて4両編成で田舎道を走る糞電車に成り下がり、戦中、戦後の時節にはもちろん大して国益には貢献しなかった。
それでも戦後も10年を迎えようとする昭和28年、親会社の京阪はカルダン駆動の先駆けとなった1800系特急車を開発。同時に登場したライバル近鉄は中川分談から大阪側に2250系、名古屋側に6421系を投入するも相も変わらぬ吊り掛け電車。翌年は乗り入れ先の阪神も3011形カルダン車を投入。
この状況に鑑みて新京阪が名古屋急行線に投入したのが俗にいうP-7、デイ1000系である。
軽快なカルダンドライブ、快適なオールクロスシート、昭和26年の1700系登場の際に採用となり大好評の京阪特急色のカーマインを伝統のマルーンに替えシルバーのラインで引き締めた斬新な電車はたちまち大人気となり、いまだ吊り掛け電車の国鉄、近鉄を圧倒した。
車種は両運転台を持つデイ1000、大阪方片運転台のデイ1100、名古屋方制御車のフイ1500、一等車フロイ1800、食堂車フシイ1900の5種。昭和33年には国鉄クハ153のマネをして制御車の高運転台仕様も登場した。
よく、伊豆急100形に似ているという指摘を受けるが、伊豆急は後年、昭和36年の登場であり、こちらが本家である。

P-7登場の3年後、昭和33年はしかし、新京阪+名古屋急行にとっては魔の年となった。
国鉄東海道本線には冷房付きビジネス特急こだまを、そして近鉄は名古屋線の改軌により、大阪=名古屋直通運転を開始するばかりか、こちらは2階建てで、しかも冷房付きのビスタカーを登場させる。
あわてた新京阪+名古屋急行は昭和34年、必死のパッチではあるが史上最低の思いつきで、冷暖房ガス水道完備、回転ベッド付き個室パーラーカーを連結した木造モルタル総3階建て特急、P-8こと「びわ2形」を開発するが、世間の顰蹙を買っただけで1編成3両の試作に終わった。

関連年表
年表

路線図
スライド26
阪神姫島から新京阪線を経て名急名古屋まで。 阪神線へは三宮まで乗り入れる。
詳細は下記参照
(←新京阪馬場延伸線+名古屋急行路線図)

形式図
1000系図面

完成予想図
img06448.jpg


エントリーナンバー7
ひかり7号
京阪梅田線
1500形

京阪梅田線は戦前から計画があったが実際には戦後に分岐路線として京橋駅(旧地上時代)の国鉄西側(京橋駅と野田橋駅間)から旧関西鉄道路線跡を使って国鉄桜宮駅横に接続、その後は城東線の横に高架線と作って国鉄大阪駅東側(旧阪急梅田駅東側現在のヘップ5位置)までの区間を延長した。
駅は中間駅として国鉄桜宮駅横に京阪桜宮駅を、国鉄天満駅横に京阪天満駅を、終点は京阪梅田駅と名付けられた。
京阪本線は京橋から天満橋方面のままで、梅田方面は通勤路線として通勤車輌を3輌編成で導入されている。それが1520形と 呼ばれる車輌でM+M+Tの3輌編成となっていた。
基本設計は1950年代から製造が開始された1700形を元に18m級となり特急車の1810形とその後登場する2000形の中間に位置するデザインとなっている。
以上のような短い未成線ですが、新型通勤車が投入されたというお話です。

路線図
IMG_4849.jpg
IMG_4848.jpg

完成予想図
IMG_4609.jpg




エントリーナンバー8
モナ田シグ之
国鉄大阪北環状線
303系


クレイジーキャッツからドッグフェイスへ 大阪北環状線計画

「阪急さん、それでは新大阪乗入れ計画から撤退する気はないということですか」
「当然でっしゃろ、新大阪ターミナル構想の下、ウチはもう動きだしとるがな」
「阪急さんの仕事が速いことは認めます。しかし、新大阪駅は東海道新幹線だけで終わりません。山陽新幹線、最終的には九州新幹線まで伸びる整備新幹線計画の大拠点となります。阪急さんに駅周りでチョロチョロされると・・」
「チョロチョロとはなんや、国鉄はんだから言うて、目下扱いは我慢できひんで。そもそもウチの乗入れは運輸省にも認可をもろうた正式な計画でっせ。国鉄はんにてんご言われたないわ」
「運輸省か・・あそこはウチの邪魔ばかりするから。この件も嫌がらせに過ぎません」
「そんなん、こっちの知ったこっちゃあらへん」
「成程、そこまで強硬に主張されるなら、こちらも言わせてもらいます」
「なんや」
「オタクの計画を拝見すると、新大阪から神崎川を経由して曽根から宝塚線、石橋から箕面線で桜井、そこから新線で南千里、千里線で淡路そして新大阪と環状線構想になっています」
「何か問題あるんかいな」
「いいですか、石橋から分岐、桜井を通って南千里ですよ」
「何が言いたいんや」
「石橋エータローに桜井センリやとぉー! そないなスーダラな線、ハイ、それまーでぇーよーにならへんか言うとるんや、アホンダラァー、ワレ」
「そ、それは・・・」

これは妄想ではない。新大阪をめぐる国鉄VS阪急の裏面史である。
かくして、交渉は国鉄の勝利に終わり、阪急は涙を呑んで撤退することとなった。
但し、阪急は撤退にあたり国鉄に条件を提示した。
国鉄サイドで新大阪から阪急宝塚線、神戸線へのアクセスに配慮すること。
話し合いの上、国鉄は北方貨物線に旅客列車を走らせ、宮原西、十三北の2駅を両社が設置することに決定した。

しかし、ハナから国鉄は空手形で終わらせるつもりであった。
そのために計画を環状線まで大風呂敷、東西線用に認可を取っていた地下鉄部分や、城東貨物線の複線化、短絡線建設などを含ませ、時間稼ぎをしたのである。
大阪北環状線は幻の計画だった!
ただし、上層部以外はこれがハッタリ計画とは知らぬため、国鉄職員は大真面目に綿密な計画を作成したのである。
路線計画は別添地図の通り。(赤丸部分に短絡線設置)
新大阪から北方貨物線を通り塚本信号場デルタ大阪方面から地下に潜る。
現東西線のルートで片町から地上に出て、鴫野短絡線で城東貨物線に入る。
吹田操車場手前から短絡線を設け、北方貨物線西行きに合流、新大阪で一周。
この計画はマル秘扱いであり、社内コードネームはルートが描く形状から“犬顔計画”とされたのである。

投入車両については別添図の通り。
当計画を模型化していただける有難いお方の発想を制限することは本意ではない。
従って、敢えて簡素なデッサンにさせていただいた。

特徴は下記
・ 地下走行のため当時最新のアルミ合金製とした
・ 103系のデザインを踏襲し、非常口はなるべく目立たぬよう片側に寄せた
・ 既に地下鉄東西線乗入れ用301系の素案があったので、303系とした
・ それまでの103系5色にはないインパクトを求め、ショッキング・ピンクの塗色とした
・ 短絡線等Rがチビしい線形となるので、3ドア連接車とした
・ 6連が基本編成、増結用に3連も設定

上記の様にかなり具体的な計画がまとまっていたが、高度成長時代を迎え通勤電車のラッシュが激化。
阪急においてもさらに新駅を設ける余裕が無くなったため、国鉄の思惑通りこの計画はウヤムヤに終わった。

この303系の伝説は国鉄→JRと語り継がれ、40年後に現代風アレンジを施したE331系として大きく花開いたのである。

最後にもう一度言おう。
これは妄想ではない、裏面史なのである。

路線図
大阪北環状線地図切り取り600改2

完成予想図
img06447.jpg




エントリーナンバー9
抹茶坊主
阪急千里線箕面延長用
2400系

登場背景(妄想世界に現実世界が入っています)
昭和36年12月 桜井延長免許取得 
昭和37年 2400系検討開始
昭和38年  新千里山(南千里)延長 
昭和39年 3000系建造、2800系建造 2400系建造
昭和40年 桜井延長開業

実際の世界では
昭和40年9月 万博開催決定
昭和42年    (北千里延長)
昭和42年 3300系建造
昭和42年11月 北急設立
昭和43年 5000系建造
昭和44年10月 60系建造
昭和44年12月 堺筋線開業

以上のような状況から南千里から桜井延伸されたらと妄想した昭和38年から40年前半に登場という設定です。

千里ニュータウンの建設が進んで乗客が増えてくると、かつての千里山電鉄時代の急カーブ、勾配がネックとなりスマートな団地住民にも田舎電車的なマイナスポイントとして見られるようになってくる。
今後開発が進んで箕面方面へ延長が始まったとき、ニュータウンの列車としてふさわしい新造車が必要となる。おりしも万国博の計画が具体化しようとしており、観客輸送もメインで担うかもしれないとなると、2300系ができたとはいえ、いつまでも旧型車で走らせておくことはできなかった。
まだ北急の設立はまだ具体化せぬまま、桜井延長を見越して新造車の計画が始まった。
堺筋線も乗り入れがどうなるかわからない状況なので、大阪市の車両と関係なしに千里線系統(梅田・天神橋―新千里山)を一挙に新型車と入れ替えようというのである。
のちに延伸計画は千里ニュータウンの計画に絡んで南千里から北千里方向への延長へ変更を余儀なくされるが、妄想計画は変更される前に南千里からそのまま桜井へ作ってしまったというのを想定している。
途中駅は上新田(現千里中央付近)、緑丘を想定。南千里では折り返し、待避ができるように2面4線とし折返し用引上げ線を設ける。桜井は2面3線に改造し、箕面方面との乗り換えを考慮する。
列車は淡路方向から石橋までとし、途中折返しはラッシュ時に南千里で行う。朝夕は片方向での優等列車を想定。停車駅は淡路以遠は吹田市、関大前、南千里、上新田、緑丘、桜井。

車両は下新庄―吹田、豊津―関大前(いずれも現駅名)に存在する急カーブには連接車の採用、急勾配にはM比の増加で対応させるとした。
編成両数は筆者案は当初4両編成であったが、コンペプロデューサーの一言で7両に考え直した(「長編成っぽいし」)が、建造当時いくらこの仕様でも7両は長いので4両とした。台車数で見ると4M1Tとなる。
みようによっては小田急HE車の逆に見えるかもしれない。
両数の増加は中間車の建造でまかなう。併結も考えたがオーバーハングができるのでは連接にして性能アップを図る意味がないので増結は中間車を増備する計画にした。心皿間距離は在来車と同じである。
電装品は2300系と同等品の東洋電機製を採用。人工頭脳制御でカーブ・勾配でも定速度運転をこなし乗務員の負担軽減をはかることとした。
パンタグラフは2401と2421に2基ずつ。床下機器配置も心皿間距離が2300系と同じなのでそれに準じる。
台車は京阪で使用を始めた住友の緩衝ゴム式台車(FS337系)が曲線の自己操舵性に改善効果があるとみて採用。MもTも同じ台車とした。
新京阪の末裔らしく2800系がKS74を採用したように京阪と阪急で同じような台車がみられることとなった。このタイプの台車はのちに銀座線01系や高野線の30000系などでも使われ、その曲線通過性能が発揮されている。
編成は4両で5台車中4台車が電動台車となるのでオールMに近い。150kWの主電動機はパワーは十分であった。もっとも台車が減るのでインフラに対して軸重がいけるのかどうかとかは妄想なので考えていない。
京阪電車が大津線に挑むべくびわこ号を作ったように新京阪の末裔である京都線も連接車で千里線に挑もうとしたのであった。
車体デザイン・客室設備は2300系に準じる。窓寸法は2300系と同じである。
先頭車はdD3D3D 中間車は2D3D2で吹き寄せ寸法などが2300系と若干異なる。妄想なので実車で可能かどうかは考慮していない。車体幅も2300と同じである。連接面はびわこ号に倣って広幅貫通路とした。
運転室後ろの戸袋ナシは2200系を彷彿とさせるが、時代が時代なのでHマークはつかない。なお、万博をにらんで気の早い話だが英文字行き先が入るように方向幕が二つつけられ左右に日本語と英語を入れる予定だった。何やら2200にも近い顔であるが東武1700系や京急1000(旧)などは筆者の好きな顔なので近づけてみたかったこともある。

形式は2800系も建造しているので空き番の2400を使用。3000系のように中間は+500を使ってもよかったが2800と統一が取れないので京都線はそれはやめ。1000系や2000系のように偶数奇数で向きを表し
中間車は2300や2800のようにしようとした。なおTcは考えられていないのでTは51とした。
中間のM車T車の形式はM台車を履いているのかM機器を積んでいるのかでもめたが検査時にばらした車体にM台車を履いているのがMとなった。

梅田 北千里
2401 ‐ 2451 ‐ 2421 ‐ 2402
(Mc)   (T)   (M)   (Mc)
●●  ●●  ○○  ●●  ●●
検修時に編成をばらすと2401は二つの台車に載るが、あとの車両は台車が片側一個しかつかない。反対には仮台車を履かせる。2451はT台車に載っているのでT扱いとなる。


全検などの検修時
2401 2451 2421  2402
●●  ●●     仮  ○○       仮  ●● 仮  ●●


こののち、増備されたかどうかは定かではない。
現実として2400が生き延びるには堺筋線は南海が乗り入れて阪急は天六で乗り換え。北急はなし、もしくは万博に間に合わず、千里線がメイン輸送力となる。そんな時代があったら連接7連での活躍が見られたかもしれず、現在とは異なるパラレルワールドである。

路線図
IMG_0001_20160919233733dda.jpg

完成予想図
IMG.jpg




エントリーナンバー10
尼セン八郎
阪神海岸線
3311形

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エントリーナンバー11
ゼンジー北京
名古屋急行電鉄
1000形

名古屋急行電鉄の免許は1929年に交付されたが京阪の資金難により会社が成立しなかったがここに名古屋鉄道が出資する事になりようやく建設開始。しかし太平洋戦争の激化や石榑トンネルの工事難航により1950年にようやく開通となった。

車両は日本車輌が製造。同時期に登場した名鉄3850系を標準軌にしたような仕様で車体幅の違いで前面の印象が異なる。内装はボックスタイプのクロスシートで戸袋窓部分のみロングシート。ク1100とク1130の車端部には便所を設置している。

編成は4両固定と2両固定、両運車がありフレキシブルな組成が可能になっている。また特別車も用意されている。


路線図
エントリーNo.6 ハービーワンコック 新京阪+名古屋急行に同じ

完成予想図
meikyu1000.jpg



エントリーナンバー12
アルプスのオッサンHi-Z
京阪神急行電鉄山科支線
1800系

山科支線概要

柳谷観音から大津馬場までの支線。
路線は妄想を膨らまして線形を適当に流しています。

高度成長期に沿線の宅地開発が進んだ事による人口の増加で起こる混雑の緩和。
京都中心部を通過せず迂回させ、さらに急行運行を設定し時間短縮する。
新型車両を製造し観光目的の旅客の取り込みも行うことを目的とする。

路線及び停車駅は付図(京阪神急行山科支線概要)を参照。


車両概要

山科支線専用の車両。
意匠は1000系を種車に設計している。

車体側面は2ドア、窓位置は客室扉間3連窓×3、車端連結部は2連窓。ウィンドシル、ヘッダーは撤去。
側面、妻面接合部と車体裾のRは無くし角を出す仕様にしている。
正面は平面Rをきつくして乗務員室の空間を拡幅している。貫通扉を横にずらし幌枠は無くした。
尾灯は種車と同じではあるが前照灯はフォグランプを1灯設け変化をつけている。
運行表示板設置金具は車種を強調する事と前照灯部の意匠にあわせバランスをとる様にデザインにした。
客室連結部の窓は無くしている。
屋根は基本的に種車と同じではあるが 山科-大津馬場 間の国鉄旧東海道線蓬坂山トンネルを再利用しているので
集電機器設置部は低屋根にしている。
雨樋は無くし屋根を一段さげて雨受を設ける事にした。
床下機器は種車に準じている。
車内は近郊タイプで乗降扉付近はロングシート、中央部は転換クロスシートを採用。

基本編成は3両で混雑時期に合わせ両数を変化させる。

増結用の編成は2両でこちらは乗務員室の空間は拡幅せず基本編成の真ん中に増結出来るようにしている。
閑散時に運行することも可。
付図(京阪神急行1800系編成表)を参照。

色は車体は青系の紺青か瑠璃紺、屋根は紅もしくは鉛丹、床下機器は湊鼠あたり
窓枠は印刷木目の予定。

路線図
00-京阪神急行 山科支線 概要

完成予想図
01-京阪神急行 1800系 1800 ( Mc )
02-京阪神急行 1800系 1850 ( T )
03-京阪神急行 1800系 1800 ( Mc)
04-京阪神急行 1800系 1830 ( Mc )
05-京阪神急行 1800系 1880 ( Tc )
06-京阪神急行 1800系 編成表



エントリーナンバー13
クラーケン大佐
明石鉄道+神有電鉄買収非電化化
明石鉄道11号機関車


明石‐三木の本線と、古刹の大山寺へ行く支線があります。
起点は鉄道省明石駅、明石川沿いに北上して、明石市民病院の辺りで本線と視線が分岐します。
本線はそのまま明石川に沿って北上して、現在の玉津インターの辺りに玉津駅、さらに北上して、175号線から離れて平野、
高和、押部谷では、明石鉄道開業時には開業していなかった神有電鉄と直角に接続して、志染から三木に至ります。

大山寺支線は、明石市民病院の辺りで本線と分かれて伊川沿いに北上して、旧大山寺道に沿って、白水、小寺、と経由して大山寺へ行きます。

車庫及び機関庫は、明石は狭いので、白水に設け、本社もそこになります。

昭和12年以前は機関車10両で、客車は25両、貨車は40両ってところです。
両数が多いのは列車本数が多いのと、社長の趣味で色んな車両を買ってしまうからです。

明石鉄道の最新鋭機関車、11号です。

川崎車輌が、昭和12年に日本鋼管向けに作った25tCタンクを元に、軸配置1‐C‐1として大型化、重量は30tになります。
高速化と曲腺通過性能を上げて、客貨両用に使える万能機です。

路線図
明石鉄道 路線図 案1L

形式図
明石鉄道11号1200



エントリーナンバー14
ヌッキーナE
太平洋急行電鉄
201形
たこフェリー

■構想
時は1920年、阪神急行電鉄が神戸線を開業し、阪神間での国鉄、阪急、阪神の三つ巴の競争の幕が切って落とされた。日本最初のインターアーバンと言われた阪神電気鉄道は、その対抗策として第二阪神線の線増を計画し、1924年にはその一部となる伝法線を開業した。その一方で、阪神電鉄では神戸からさらに西を目指す壮大な計画が進行していたのであった。
それは、「本州四国連絡鉄道」、神戸から淡路島を横断し四国の交通の要衝である高松までを結ぶものだった。この本州四国連絡の構想は古くは1907年(明治40年)に本道連絡電鉄として最初の計画が作られている。しかしながら、この区間には明石海峡、鳴門海峡があり、ここをどのようにして越えるかが大きな課題であった。
阪神電鉄の計画によると、神戸三宮から西へ延長し神戸市内を横断、兵庫から須磨を経て海岸沿いに垂水港に到着。ここからは電車ごと連絡船で淡路島の岩屋へ航送する。岩屋からは海岸沿いに洲本へ至り、そこから内陸部を通って淡路島南端の福良へ、ここから再び航送によって四国鳴門に渡る。その後は板野から北上し瀬戸内海に出て、阿波街道沿いに一路高松を目指すというものであった。
明石、鳴門の海峡を連絡船で航送するというのは輸送量と架橋の難易度を考えれば、現実的な案と言えよう。電車の航送という点では世界で唯一1913年開業のサンフランシスコ・サクラメント鉄道(後のサクラメントノーザン鉄道)が営業運転を行っていた。それを視察した阪神電鉄の幹部は計画の実現に対して自信を持ったものと思われる。

■路線の建設
この計画を実現するために、1921年に阪神電鉄の子会社として「太平洋急行電鉄」が設立された。着工に当たり工事費用の削減と工期の短縮を図るため、できるだけ既存の鉄道を活用することとなった。そこで、起点三宮からは神戸市電経由で兵庫に至り、そこからは兵庫電気軌道(後の山陽電鉄)に乗り入れる。そして東垂水付近から垂水港へは新線を建設し、連絡船への接続を行った。
 淡路島では、岩屋から洲本へは新線を建設し、その先は資金難で建設が遅れていた淡路鉄道を買収して福良までの改軌と電化を行った。さらに南端の阿万海岸の沖合に連絡船の発着場を設け海上に線路を敷設して延長した。連絡船は鳴門へ接続し、そこから板野まで平野部を横断、板野からは高徳線に並行して瀬戸内海沿いの三本松まで出て、長尾街道沿いに西へ向かい、長尾からは高松電気軌道(狭軌から標準軌に改軌)に乗り入れて高松の市街地へ到達した。

■開業
既存鉄道を活用したこともあって建設は順調に進み、1924年には神戸~福良間が部分開業、1926年には残る区間も開業し神戸~高松間が電車で結ばれた。阪神梅田から高松まで直通の特急列車「うずしお」は所要時間5時間50分で、乗客は車輌に乗車したまま明石、鳴門の海峡を渡って高松に到着する。この列車には特別車を連結しており、車内では食事のサービスが行われている。
また、太平洋急行電鉄では、旅客輸送だけでなく貨物輸送も行っている。本州と四国を結ぶ路線を生かして、四国から大阪への貨物輸送の需要も多い。神戸・大阪間の貨物輸送では、混雑した阪神本線を避け、1927年に開通したばかりの阪神国道線を利用している。国道2号線は本線より線形がよく交通量も少ないので、貨物用電車が貨車を牽引して大阪野田に至り、そこからは大阪市電に乗り入れて市内の大阪中央貨物駅に接続している。この中央貨物駅は、北は京阪電気鉄道、南は南海鉄道阪堺線、東は大阪電気軌道に接続しており、近畿圏から四国までの標準軌私鉄の一大貨物輸送網を形成している。

■車輌等
太平洋急行電鉄の車輌は基本的には阪神電鉄の仕様に準じている。旅客車輌の車体色は阪神の青色に対し、緑が多い沿線での視認性を考慮して橙色となっている。
1924年の開業に当たって用意された101形は阪神の371形の同系車である。併用区間用のステップを持つが、371形にあった中央扉を廃し洗面所を設けた二扉車となっている。また座席も長距離運用を想定してクロスシートとなっている。
 特急用の201形は1926年に登場。阪神の401形に準じて併用軌道用のステップを廃した二扉車である。車内はクロスシートで車輌中央には洗面所を設けている。211形は特別車でテーブル付きのクロスシートを備え、食事を用意する調理室がある。通常は201形と211形の2輌編成で直通特急として使用されている。
貨物輸送用には電動貨車51形が用意されていて、通常は電気機関車代用として貨車の牽引を行っている。貨車は通常の有蓋車の他に冷蔵車があり瀬戸内海の海産物を大阪に届けている。
さらに当鉄道で忘れてはならないのは、明石、鳴門海峡を航行する連絡船である。明石海峡用の「たこ」と鳴門海峡用の「阿波」は同型船で、15m車を4輌積載可能となっている。甲板上には三線が敷かれ、2輌のみ積載時は重量バランスを取るために中央線を使用する。船上には門型架線柱があり、乗降時には地上側から架線に給電することで電車は自走するようになっている。船は前後両方にスクリューを持ち双方向に進行可能となっているので積載した車輌は到着後も進行方向を変える必要はない。 

■現状(1935年現在)
当鉄道は本州と四国を最短で結ぶ幹線鉄道として旅客だけなく貨物輸送にも大いに利用されている。所要時間の短縮化のため特に阪神本線の速度向上と神戸市内の地下専用線化が準備中である。神戸地下線は1933年に岩屋から三宮が開業したが、さらに兵庫までの延長区間を1937年開業を目指し工事中、開業の暁には大阪・高松間を最速で5時間の運行を目指している。

形式図
PE201.jpg
TAKO02.jpg
SN01.jpg



エントリーナンバー15
福田フチヲ
阪急伊丹線宝塚延伸線
640形

デロリアンに乗って60年前に戻ってみた。
時は昭和32年、小林犬三はライバル阪神宝塚線建設計画再開のため窓枠のモックアップ製作を製作しているという噂に対抗して、伊丹線の宝塚延伸を急いだ。既に昭和18年に伊丹線は複線化されていたが、伊丹から先は宅地化が進みつつあり用地買収は困難を極めた。この結果、伊丹~宝塚間はとりあえず単線で開通できる運びとなった。
伊丹は塚口からまっすぐ直線で終わっていたのでそこから延伸して、途中千僧、昆陽池、中野、小浜、宝塚東口の駅を設けた。
宝塚東口から先はファミリーランドがあるため高架になっている。
車輌は昭和27年から31年まで宝塚線用に小型車の新車610系が造られたが伊丹線はまだ旧型車が走っていた。
延伸用に610系の両運車の640を造ることになったが、昭和31年までに610系を造って交換用の500系台車(H-5-イ)がなかった。そこで210系と同様の余剰のブリル27MCBを流用することにした。
さらににデロリアンに乗って20年後を覗いてみると、阪急伊丹駅は少し西のグラウンド跡に移設されていた。
610系は能勢電に譲渡され何と664が640に改番されていた。やはりこれは見なかったことにしよう。

すべてフィクションである。(大嘘核爆)

路線図
伊丹線延伸地図

完成予想図
DD-X_640_2_20160929081954999.jpg



エントリーナンバー16
雪うさぎ
尼宝電鉄
2500・2600形

1.製造の経緯と運用線区
尼宝電鉄が開業し、尚且つ京都~神戸も認可されていたら…というところ。登場時期は1950年代後半~1960年代前半ごろでしょうか。尼宝電鉄の延伸線が開通していれば都市間輸送での競争もさらにヒートアップして前倒しになっていたのでは、というところで実際の阪急2800系の登場時期よりも早く設定しています。
阪神電鉄と相互直通運転を行い、梅田~宝塚の直通運転を実施していたとします。接続駅(尼崎駅ないし出屋敷駅)を境に初乗り運賃が加算され、国鉄や阪急より運賃が少し高くつくために不利な状況を、列車のサービス面で補うために開発された特急電車、という想定です。
更には国鉄と京神間の競争までも想定し、急電の独立窓が並ぶモハ52形を意識した側面のスタイルにしました。特急料金は尼宝間では先述の初乗り運賃がある為に徴収せず、京神間のみ距離に関わらず100円の着席券が必要、といった具合です。

2.車両について
動力や前面スタイルは特別革新的な要素はなく、車内設備を重点的に充実させた2500・2600形。一部車両の下回りは戦前型の尼宝電鉄の車両のものを一部再利用。
客室は2+2の転換クロスシートで、シートピッチはかなりゆったりとした950~1000mm。非冷房で、窓は上段上昇下段上昇の二段サッシを採用。側引戸は1200mm(この辺りは阪神3011も参考にしてます)。前面は三面折妻で、貫通幌は剥き出し。通風器は箱型ベンチレーター。
編成は3両編成を基本に、2両、3両の増結編成と組むことで需要に合わせて3,5,6,8両を組成できる仕様。最高速度は100km/h程度。
車体は全鋼製、塗装は阪神電鉄に乗り入れる特急車両となることから、クリームをベースに赤の帯板を窓上・下・車体裾に配置。シルヘッダーっぽい感じにはなっていますが、どちらかというと24系25形の銀ステンレス帯に近い感じです。扉にかかる赤帯は帯板ではなく塗装のみ。

完成予想図
2500.jpg
2501.jpg




エントリーナンバー17
ジャックゼリー午前0時
大軌四條畷線
阪急1000形

大阪電気軌道四條畷線が実現していたら、阪急1000形は特急専用車になっていました。

まず、
大阪電気軌道四條畷線とは、
1922年 天満橋筋四丁目 - 四条村寺川 - 鷲尾(石切) 敷設特許収得
1930年1月 桜ノ宮-額田に変更
最終計画(桜ノ宮-蒲生-今福-下ノ辻-横堤-諸口-安田-大東新田-赤井-住道-深野-寺川-善根寺-石切本町-額田)
1930年7月 下ノ辻-寺川間7.8km着工
1931年12月 蒲生-下ノ辻間1.3km免許収得
1934年 工事中止
となっている。

一方、
1906年12月 箕面有馬電気軌道 梅田-野江 京阪連絡線 特許収得
1917年 失効
ということで、いったん消えたものの、
1928年3月 京阪電気鉄道梅田線(野江-蒲生信号所(京橋)-桜ノ宮-天満-葉村町-梅田)申請
1930年 取り下げ
つまり、梅田-野江は、二度浮上し二度消えたということになる。

その頃、阪急では、
1926年7月 梅田駅-十三駅間複々線高架完成
1934年6月 国鉄大阪駅高架化により地上駅に移転
1936年4月 阪急三宮乗り入れ開始
着々と都心間高速化が進められ、

大軌は、
1930年12月 大阪電気軌道、信貴線山本-信貴山口開業、瓢箪山-信貴山口連絡線計画
じわじわと拡大化を進めていた。

という歴史的事実を前提に、下記のハナシとなります。

1930 大軌、京阪梅田線申請を引き継ぐ
1931 大軌、瓢箪山-信貴山口計画を瓢箪山-山本に変更申請
1935 大軌、梅田-桜ノ宮-額田と信貴線瓢箪山-山本開業 阪急梅田駅乗り入れ
1936 阪急三宮-奈良直通開始 高出力抑速付き小型車阪急340形登場
1941 大軌と参宮急行合併、関西急行鉄道となる
1944 関急、近畿日本鉄道となり、信貴線の一部と四條畷線を近鉄北大阪線に改称
1954 阪急1000形登場、ナニワ工機製
1954 奈良電デハボ1200形登場、ナニワ工機製
1955 近鉄800系登場、近畿車輛製
1955 阪急、上記3車種を参考に三宮-奈良特急専用車を計画
1959 近鉄名古屋線改軌完成、三宮-名古屋つながる
1963 奈良電気鉄道が近鉄に吸収合併
1964 新生駒トンネル開通 三宮-奈良直通大型車化
1964 新幹線開業に合わせて近鉄680系(デハボ1200形)、特急車に改造
1964 阪急1000形、近鉄乗り入れ特急車に改造

戦後復興に引き続いて高度成長期の真っ只中、日々の殺人的ラッシュアワー対策が第一であることから、直通特急車製造計画には手が回らず、10年が経過しようとしていた。
1954年に登場した阪急1000形は、ナニワ工機開発の準張殻構造車体であり、その思想は奈良電デハボ1200形にも採用された。
しかし、新性能試作車ということで機器が特殊であり、他形式との混結はできず4連固定のまま運用を続けていたが、本線長編成化が進んでくるともっぱら支線運用となっていた。1000形登場後も、休むことなく1010.1100.1300系を登場させ、1200,1600系といった機器再利用車も製造、そして2000.2100.2300系本格新性能車も量産、さらに次期新型車の設計も進み、増発と長編成化が飛躍的に実現、近い将来の昇圧対応策もほぼ決まりつつあった。
そこでまた、近鉄直通特急車製造計画が持ち上がるのだが、やはり新車を投入するほどの余裕はないとの判断、まずは用途があいまいになりつつある1000形を改造することになったのである。
いっぽう近鉄では、名古屋線改軌が完成、新生駒トンネル開通も目前、奈良電を吸収合併し、奈良電から引き継いだ680系(デハボ1200形)を新幹線開業対応特急車に改造すると決定した。

阪急1000形と奈良電デハボ1200形は、時期も思想も同じくしたナニワ工機製の兄弟車である。
そして、特急車への改造という計画もまた、時期も用途も同じである。
つまり、阪急1000形と奈良電デハボ1200形は、必然的に、共同して特急車へと生まれ変わらざるをえなかったのである。

阪急1000形改特急専用車は、このようにして登場しました。
臨時の名神.神奈.伊勢神特急に使用され、大和西大寺や橿原神宮前では、ときどき、デハボ1200形改特急専用車と兄弟並んだものです。
ちなみにこのカラーリングは、後年、能勢電鉄にいった車両に採用され、短命に終わった近鉄乗入れ特急車を彷彿とさせました。

路線図
近鉄北大阪線路線図

完成予想図
阪急1000改造



エントリーナンバー18
ルル惨状
尼崎市電
250形

尼崎市は、沿岸部にできた工業地帯の通勤輸送に応えるため昭和16年4月『交通局』
を発足させ、翌年7月に市営軌道線〔尼崎駅前~阪神尼崎~尼崎港〕を開業した。
他の路線とは阪神国道線を除いて立体交差することとし、同線との交差点には新駅が1つ設置された。

その他の路線は戦後に開業し、現在にいたる。

軌間…1435mm 直流600V

路線(昭和37年10月1日現在)
1号線…阪神尼崎~西昆陽(宮ノ北団地まで延長予定)
2号線…阪急塚口~尼崎港
3号線…阪急塚口~阪神出屋敷

10年とすこし前に市バスの案内所でもらってきた
路線図(平成14年版ですが)を参考にしています。

地形の関係で軌道を敷くにはむつかしい部分があるかも知れません。

〔車両〕図…250形(昭和35年 ナニワ工機製)側面窓を東武1700系に似せたかったことから。

旅客車の塗装はクリームにあずき色の太い帯、市バス昭和46年~昭和62年の標準色
と同一にしました。
市電は、この塗装の前は二色塗り(上半分クリーム・下半分あずき色)だったという設定を考えています。

路線図
尼崎市電路線図  改訂版

完成予想図
DSCN0923.jpg
DSCN0921.jpg


エントリーナンバー19
まぢにゃん
奈良電
500系550形

□□ 会社沿革(概略)□□

昭和10 年11月
大阪電気軌道 四条畷線として開業
桜ノ宮~蒲生~鶴見中央~寺川~新石切 ⇒ 大軌奈良線(接続)

昭和19(1944)年
関西急行鉄道を経て近畿日本鉄道に統合、四条畷線となる。
桜ノ宮~蒲生~鶴見中央~寺川~新石切 ⇒ 近鉄奈良線(接続)

昭和22(1947)年
大近鉄分離の際に奈良電に吸収される。この間、支線の開通等充実を図る。

昭和38(1963)年6月
奈良電本体は近鉄に合併されるが、現有路線を分社化して「奈良電気鉄道(新)」として存続。

昭和40 (1965) 年 現在の奈良電気鉄道保有路線
*東大阪線(本線):
大阪桜ノ宮~蒲生~鶴見中央~新住道~寺川~奈良電四条畷~星田~藤阪~新田辺 ⇒ 近鉄京都線
*石切線:新住道~奈良電石切(近鉄奈良線)
*生駒線:星田~私市~登美ヶ丘~平城 ⇒ 近鉄京都線


口路線(昭和40年現在)
本 線:大阪桜ノ宮~蒲生~鶴見中央~新住道~寺川~奈良電四条畷~星田~藤阪~新田辺
 (近鉄京都線 京都・京阪三条方面直通)
石切線:新住道~寺川~奈良電石切(近鉄奈良線接続)
生駒線:星田~私市~登美ヶ丘~平城(近鉄京都線 近鉄奈良・橿原神宮前方面直通)

【特記事項】
※全線複線、軌間:1,435mm 、電気方式:直流 600V (架空電車線方式)
※星田駅に検車区、車庫併設。
※昭和45年に開催される大阪万国博覧会に合わせて、大阪桜ノ宮駅~奈良電東梅田駅(仮称)の工事が進捗している。


□車両
弊社は、大阪〜奈良・京都間を結ぶ他社路線に比べて距離が長く、到達時間での対抗はできないため、
上記の都市間輸送においては、車内で軽飲食を提供するなどして快適かつ非日常的移動時間を提供する事を主眼とした構成となっている。
【特記事項】
※乗入車の車体寸法および基本性能は、奈良電もしくは近鉄車両に準ずる。
※油坂~近鉄奈良駅間の路面軌道に対応する。

▽旅客用車両
500 番台 直通特急車
300 番台 直通普通車
100 番台 線内各停
【特記事項】
*各系列の制御系・ブレーキ方式その他の基本設計を同等とし、併結可能とする。

▽主な仕様
500 系 500 型17m級3車体連接車 座席車(転換クロスシート)
550 型16m 級2車体連接車 パーラーカー(喫茶室)
300 系 300 型17m 級2車体連接車 座席車(通勤輸送対応)
350 型18m 級 両運転台制御電動車 座席車(通勤用)
100 系 100 型18m 級 片運転台制御電動車3扉 座席車(通勤用・大阪方向き)
110 型18m 級 片運転台制御電動車3扉 座席車(通勤用・京都方向き)
120 型18m 級 中間付随車3扉  座席車(通勤用)
150 型18m 級 両運転台制御電動荷物合造車 座席車

▽基本運用
京都/奈良直通車 500+550(多客時 500*2+550)
通勤車(優等) 300+350、300*2両等、適宜
通勤車(各停) 100/150 2〜6両編成等、適宜

路線図
奈良電_路線図

完成予想図
奈良電550型_ポンチ絵



長らくのご高覧、おつかれさまでした!
いかがでしたでしょうか?
マジで超力作の連続。
ここまで大マジメに自由形電車を妄想する機会は古今東西なかったのでは?
ほんとうにすばらしいことだと思います。
ご参加の皆様も本当にお疲れ様でした!ありがとうございました!

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